(もしかして彼女いるかもしんないし)

急にネガティブな考えで桃は頭がいっぱいになった。

また体が震えて手に汗をいっぱい握り締めた。

「チーン」

受付で言われた通りのエレベーターで三階の扉が開くと、目の前にナースステーションがあった。

(やっぱ引き返そうかな?)

そう思った時、ナースステーションの脇におばちゃんが立っているのが見えた。

おばちゃんの所に桃が行くと、

「そろそろ来ると思って待ってたんだよ。あんた、今帰ろうとしたね?」
笑って言った。

「だって、怖くて…」

「怖くなんかないよ。さー早く面会者の所に名前書いて行っといで」

おばちゃんは夕方と違って静かに言うと、そっと桃の背中を押した。

桃もそれで急にやけくそな気分になってナースステーションで挨拶すると、名前を書いて病室の方に歩き出した。

「あそこの305号室だよ」
おばちゃんの声がした。

桃が廊下の中ほどのその病室に入ると、突き当たりの窓に、いつも桃が自転車で上っている坂道が見えた。

(こんなに大きく見えてたんだ…)

両脇に並んだベッドを一つ一つ見ては彼を探した。

やつれたお爺さんの脇に尿瓶が置いてあったり、見るに耐えない光景が続いている。

(何だか嫌な所来ちゃったなー)