それからその少年は、まるで桃を待ってるかの様に毎朝窓を開けて外を見ていた。

桃が来るとお互い恥ずかしそうに下を見たり目を合わせたりする。

十分に会話が交わせる筈の距離なのに挨拶さえできずに、

いつももじもじして通り過ぎるだけだった。

桃は毎朝登校するのが嬉しくて、その何倍も怖くなった。

いつかはその子が窓の傍からいなくなってしまうから。

髪型も今まで気にしてなかったが、2つ結びだったのを愛子の真似をして無造作なまとめ髪にした。

愛子は桃が変わったと言って大絶賛してくれた。

あれからけんはK女子の女と別れて、愛子に戻ったみたいだ。

(でもけんの女癖は治らないだろうな。案外愛子も耐える女だな)

なんて桃は思っていた。

以前は夜の病院も怖い筈だったのに、今では通り過ぎるのさえ名残惜しくて、ゆっくりと坂を下りて行った。

夜は彼は出てこないと知りつつ、いつもの窓を見つめていた。

あっという間に坂は終わって、おばちゃんのいるY字の交差点に出た。

桃はハッとしておばちゃんに会釈した。

するとおばちゃんは挨拶しながらすっくと椅子から立ち上がり、手を上げて桃を呼び止めた。

「ねえ、ちょっとあんた!」

桃は予想外の出来事にびっくりして急ブレーキで止まった。

「ギィー!」