「そんな経験が役に立つと本気で思ってんですか!?」

「それなりにはね。だから、俺は俺で好きにするから」

「・・好きになりません」

「言ってていいよ。そのうち、どうしようもないくらい俺を好きだって言わせるから」

「その自信、ぺしゃんこになりますよ」

「どうかな?
多分、仁科さんは、恋愛経験無かったことを、物凄く後悔するとは思うけど」

俺に翻弄されるからね、と片目を瞑った彼を前に、あたしはあり得ない!と豪語した。

「それだけ自信があるなら、これから俺が誘っても嫌がらずに付き合えよ」

「いいですよ、何度誘っても無駄ですけどね。
あたしは、そんな簡単に人を好きになりませんからっ」

子供の頃から地味な片思いを続けてきたあたしだ。

柿谷さんの見目の良さや、巧みな口説き文句には揺らがない自信があった。

だって、あたしにはもっともっと素敵な南野さんがいるんだから!!

万年片思いでも、一生届かなくても、そんなの関係ない。

彼に思いを伝える事が出来た、ちゃんと返事を貰えた。

彼の前で胸を張っていられる自分になれた。

その事実だけが、いまのあたしを支えている。

そして、それはこれからも、何一つ変わらない。
この時のあたしは、そう、信じていた。
帰りがけに、デートだからという理由で差し出された左手。

七色のイルミネーションで飾られた大橋が見える、海沿いの散歩道を歩きながら、あたしはその手を取ろうかどうか、一瞬悩んだ。

そんなあたしの思考を読んだかのように、柿谷さんが唇を持ち上げた。

「手ぇ繋いだ位で、俺の事好きになるの?」

「なりませんっ!」

「なら、問題ないだろ」

そう言って、あたしの右手を握る。
あっという間の出来事だった。

緩く絡め取られた右手を見下ろして、思わず心臓が跳ねる。

だって、こういう事したの初めてだし!!

現状把握するや否や、何だか物凄く恥ずかしくなったあたし。
火照った頬を潮風が優しく撫でていく。

柿谷さんはあたしの横顔を見つめて、茶化すでもなく、静かに切り出した。

「こうやって、油断させて・・・頭からぺろっと行っちゃう男もいるから。
俺以外の男には気を付けてね」

「え!?」

「俺以外の男には、だよ」

ぎょっとなったあたしに、笑いながら彼が念を押した。