「別にっ、してませんっ」

フンとそっぽ向いたあたしの前にあるグラスを柿谷さんが遠慮なく掴む。

「あ、それあたしの!」

止める間もなくぬるくなった琥珀色の液体を流し込んだ。

「ちょっと!!」

「どうせもう飲まないだろ」

「そ、そうですけど、勝手にっ」

「断ったら嫌だって言うくせに。ビールが勿体ない」

「そ、それはすいませ・・」

「ってのは嘘で、仁科さんのが飲みたかったから」

茶化すように柿谷さんが微笑む。

もーなにこの男!!!

無敵の笑顔を向けられたって、こっちは揺れないんだからっ!!

精一杯顔を顰めて彼を睨み付ける。

と、通路側の席で柿谷さんの後輩と話をしていた、あたしの同期が興味深そうに口を開いた。

「やっぱり柿谷さんって、仁科ちゃん狙いなんですか?」

「俺もそーかな、と思ってたんですけど。だって、柿谷さん、最近誰とも噂聞かないし。
今度こそ本命かなって」

乗っかる様に後輩の彼も身を乗り出して来る。

余計な事をっ・・・

ここは盛大に否定してやろうと、あたしは前のめりになった。

「ち・・」

あたしの一言めに被せるように、左側から伸びて来た柿谷さんの右手が、膝の上に置かれていたあたしの左手を強く握った。

え・・!?

「そーなんだよ」

あたしが、一瞬怯んだ隙を逃さずに彼が言った。

「やっぱり!!」

「そーだと思ってましたよ、俺はー!」

「えーなになに、まじで柿谷、仁科さん狙い?」

「美男美女のカップルで話題になりますよねー」

「仁科さん素っ気ない振りしながら、まんざらでもなかったんだー」

勝手に盛り上がる四人。

あたしは冷や汗を掻きながら彼の手を振りほどこうとテーブルの下でもがく。
が、彼の手は解けない。

上から重ねられた手。
あたしの指を絡めるように、彼の長い指が滑り込んでくる。
親指が小指の爪を弄ぶように撫でた。