わたしはロボットみたいにぎこちない動作でできるだけ素早く後ろへ下がった。


世良くんは目当ての本を手にとり裏表紙のあらすじに目を通しているようだった。


さっき、放課後にリベンジすると言ったけれど、もう、今謝るしかない。


ちょうど目の前にいるのに、ここから昨日のように立ち去ってしまえば、さすがの世良くんも不快に思うだろう。


図書室の人数はわたしが来たときから増えていなくて、図書委員とも読書中の女子生徒とも距離はあるため、この棚と棚のあいだは、わたしと世良くんだけの空間のような錯覚に陥る。


わたしはスカートをぎゅっと握りしめて、勇気を出して口を開いた──。


「せ、世良くん……!」


絞り出すように彼の名を呼んだ。


棚に向けていた体を、彼はこちらに向けた。


わたしは彼が、本棚よりも高い存在に思えてならなかった。


「……なに?」


頭上から淡白な声が降ってきた。


なぜ頭上からなのかというと、わたしがうつむいているからである。


なに、なんて、わかってるくせに…。


もしかしてこれは、いじわるされているのかも。


そうだとしても、仕方ない。


世良くんに悪いところはひとつもなかったんだから。


それとも、良いように考えれば、“自分はまったく気にしていないから謝らなくていいよ”の意味かもしれない。


どちらかなんて、見定めている暇はわたしにはなかった。


どちらにせよ、ちゃんと謝りたい。


でないと綺麗さっぱりなかったことにできそうにないから──。


「き、昨日、は…ごめんね…っ!」


とてもとても小さい声だったと思う。


だけど彼は目の前にいるから、きっと届いたはず──。


声のボリュームは、問題なかった。


べつのところに、間違いはあったんだ。


「謝るときは、相手の目を見て言おうね」


決して怒ってはいないけど、優しさといじわるさを混ぜたような言葉が耳に届いた。