──唇に、

柔らかく生温かいなにかを、感じる。


……………。


…………………え?


思考は停止して……瞬きさえ、忘れた。


顔の特徴を細かく述べたかったのに、ちゃんと間近で見たことがないためやめておいたその人の顔が、今、間近なんて言葉じゃ足りないくらい、近くにある。


「……のいて」


その唇が小さく開かれて、言葉を紡いだ。


その言葉は、わたしのなかに、流れてきた。


どちらかというとわたしが吸い込んだほうなのに、まるで、その唇に吸い込まれてしまうのかと、思った。


「……っあ、え、あ、う……」


わたしはようやく彼の上からのいて地上に両足をつけることに成功したわけだけど、

まるで機関車から湯気が出るみたいにしゅ~っと顔が熱くなって、

覚えたての赤ん坊のように言葉にならない言葉を並べて、焦点を合わせられず瞳を泳がせながら、

一歩一歩と、“彼”から後ろへ遠ざかり、しまいには背を向けて、そのまま駆け出してしまった。


逃げ出した、というほうが正しいかもしれない。


「……っ…」


わたし……っわたし、今……!


校舎から出ると、冷たい風に包まれたはずなのに、わたしの体温はまったく下がってくれなかった。


逃げ出したってしょうがないけれど、あの場には、いられなかった。


「はあ……っはあ」


息があがるころ、足を止めた。


そっと、自分の唇に指をそえた。


わたし………“彼”と──。


一回目のキスは──

わたしの不注意による、事故キスでした。