「尋…………伊藤さん。」

二人っ切りの時に、久しぶりに読んだ名字。

随分呼んでない。

「大学に行こうか?」

「えっ?大学に??」

「そう、大学に。」

これが俺が4日悩んで出した答え。

「でも……結婚。
あっ!逃げたから?一人で泣いたから??
先生…………嫌だ。離れないで。」

ポロポロ泣きながらすがる彼女。

「千尋、落ち着いて。
俺は何処にも行かない、ずっと側にいるから安心して。
怒って別れるなんて言わない。
さっき俺が『伊藤さん』って言ったの………分かった?」

コクンと頷き

「だから、別れるって思った。」と

「ごめん、誤解だよ。
あれは、教師として話したかったから。
尋は……勉強が好きだよね?
色んな事を知りたいと思ってる。
去年担任をしている時、いつもびっくりしてた。
普通、仕方ないからやるもんだからね。
だから、結婚や家族を求めるために……
やりたいことを諦めて欲しくないって思った。
寂しくないよう籍を入れたって良いし………
そこはこれから、一番良い方法を見つけよう。
だけど……大学へは行って欲しい。
……………ホントは『結婚したいから就職する』って聞いて……
メチャクチャ嬉しかった。
『それで行こう!』って言うつもりが………
お母さんのことで泣いてる尋を見て………躊躇した。
まだ……子供なんだって………思い出した。
普段しっかりしてるから忘れてるけど……
愛情を求めて当たり前の年頃だったんだよなぁ……。
樹に『はぁちゃんとの将来は、どうするつもりか?』と聞いてみたら
『教師になりたいって言うから、大学出るまで後5年。
それから就職するから………結婚までは結構かかる。』って
平然と言われて…………ガツンとハンマーで叩かれた気がした。
樹の方が、はぁちゃんの将来をしっかり考えていたって………。
俺は目先の『尋を一人にさせない』ってことばかり考えて……
一生見守るって言うのが抜けてたんだよなぁ。
改めて考えたら…………第二、第三希望が本当の希望だよな。
第一希望で良いなら、後の二つも『就職』って書く。
直ぐに気づいてやれなくて……ゴメンな。」

言いたいことを全て話すと………心が決まった。

たぶん俺は、守りたい事に捕らわれすぎて……

尋を追い詰めていたんだ。

親の愛情に疑問をもった彼女に

『結婚して家族を作ってやる』って言ったら

『結婚しないと逃げて行く?』って……不安にさせるよなぁ。

結婚は……尋のタイミングで考えれば良い。

早い方が安心するならいつでもオッケーだし

大学を卒業してからが良いなら……そうしようと思う。