「伊藤さん、今日の放課後……生活指導室にお願いします。」

数学の授業の終わりに釘をさしておく。

樹と飲みに行った次の日、体調を崩した千尋は……学校を休んだ。

次の日も………また次の日も。

４日目の今日、やっと登校してきた。

電話は毎日してるものの、病人相手に食い下がれず

自宅に担任でもない俺が、行けるはずもなく……

ただイライラと尋が治るのを待った。

そして今日、やっと二人になれる。




「失礼します。」

相変わらず、ここに来る時は緊張する彼女。

数学準備室が良かったか？

一応、去年と同様使えるが……

こっちの指導が主になったため、殆どの荷物をこっちに移した。

相談にのるにはここがいいかと思ったけど……移動する？

俺があれこれ考えてる間に席についた千尋。

「尋、体調は？」

「熱もないし大丈夫。
樹先生に『勉強のし過ぎで知恵熱ですか？』って笑われちゃった。」

表面上はいつもと変わりない。

だけど………

やたら親指と人指し指を、擦り合わせてる。

これは緊張しているか……無理をしている時の千尋の癖だ。

以前、まだ付き合う前に……

家出中の彼女に、俺の部屋を貸したことがあった。

その時に持って来ていた荷物の中に、古びたぬいぐるみがあり

耳の辺りが異様に破けて縫い合わせてあったから

『何故だ？』と聞いてみた。

その時の返事が

『このぬいぐるみは、昔……家族旅行をした時に
お姉ちゃんと一緒に買って貰った物で………触ると落ち着けるんです。
でも、触りすぎて破けちゃったけど……。』と。

あれから様子を見ていると

ハンカチやスカートの裾を触ったり、無いときは…指を擦り合わせていた。

落ち着きたい時の癖になってるみたいだ。

癖事態は、少し子供っぽいが可愛く微笑ましい。

だけど……この癖が出るまで

家族の絆にこだわって、刷りきれるまで我慢していたのかと思うと………

堪らなくなる。

ご両親に買って貰ったお姉ちゃんとお揃いのぬいぐるみ。

無いときすら………無意識に求めてる。

俺にそれを埋めるだけの愛情が注げるのか？

これは………樹と飲みに行ってから４日、ずっと自問し続けた。

嫌いだ！離れたいと言いながら

誰より家族に縛られてる彼女。

この年頃の子供の言う本気の『鬱陶しい』とは、明らかに違う。