及川side

「え、なに?だって天才とかむかつくじゃん?」

ケロッとした顔で岩ちゃんに、俺の活気ってやつを伝えてみた

馬鹿みたいな理由だけど、俺にとっては真面目で、真面目にできる理由みたいなもんで…

「俺は女にキャーキャー言われてるやつの方がむかつく」

言葉と共に、岩ちゃんからの強烈なボールが肩に当たった

セッター様の肩に負傷なんて、岩ちゃんもやるよねぇ

いてっ!!ってオーバーリアクションで焦るかどうかからかってみた

心配どころか肩をすくめて呆れた表情を向けられる

ほんっと!薄情なやつだよ

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練習終わり、最後のボールをネットに入れたところでひとつ息を着いた

周りを見渡すと、片付け当番の俺以外誰もいなくてまたまたひとつため息をつく

体育館の隙間から見える空は真っ黒で、木々が風に吹かれなびいている

次第に雨風も強くなってきたみたいで、すきま風がひゅるると音を立てた

「こんな日にひとりなんて…参っちゃうよね…」

誰にあてた訳でもない独り言が、居るはずがない相手のおかげで、地面に落ちる前に回収された

「せっかく待ってやってんのに、ひとりってなんの事だ」

聞きなれた相棒の声

嬉しいとか、そんなこんやの前にボールネットごと数歩後ろによろめいた

「びっっ…くりしたぁ、ほんとびっくりした!!」

ふっと笑った岩ちゃんが俺に手を差し伸べてくれる

「相変わらずまぬけだな。ずっと隣にいたチームメイトを忘れて勝手にびびってんのか?」

いたずらげに笑った顔

ありがたく手を握って、引き寄せてもらう

衝撃で転がったボールを拾い集め、その内の一つをネットに入れる前に岩ちゃんに放った

「俺に玉芸でもしろって?」

体育館前の時計が指す短針は8と9の合間

もうすぐ体育館の貸し出しが終わる時間だ

「頼んだらやってくれんの?なーら、お願いしちゃおっかな!」

いつも通り微笑んでみせるけど、表情を確認する前にその微笑みはボールに押しつぶされた

「いひゃい」

「もう時間がねえだろ、ほら、早く片付けてかえんぞ」

言われるがまま、隅に寄せていた支柱を岩ちゃんが担ぎ、俺はボールネットとゼッケンを両手に抱え部室に足を運んだ

倉庫に支柱を収め終わった岩ちゃんが俺を呼んでいる

「荷物まとめろ、んで早く降りてこいクソ川」

相変わらずシビアだねぇ

荷物をまとめている時、テーピングを体育館に置き忘れたことに気がついて岩ちゃんに声をかけた

「ねー、そこら辺に白のテーピング落ちてない?ちょっと取って欲しいんだけど」

返事がないまま、体育館を足がする音がこだました

「あ、もうほってくれていいよ」

体育館に背を向けたまま、屈んで自分の荷物をまとめている

よくよく見るとあれが足りない、これが足りないはあるけども。

いつまで経っても後ろに伸ばした手に重量が加わることがない

これってもしかして、もしかしてだけど、俺、岩ちゃんのこと怒らせてる?

「岩ちゃん…?」

岩ちゃんの方に振り返ると俯いたまま白いテープを握っていた

「用意遅かったこと怒って「クソ及川」

いつにも増してドスの聞いた声

反射的にビクッと体が引きつった

「早く出るぞっつってんのに、遅いてめえが悪いんだ」

聞き返す暇もなく後ろ手にテープで固定される

「ちょ、っと、なんだよこれ!」

「最初っからずっと怒ってんだよ。あーあ、堪えてやるつもりだったのに、チンたらしてるてめえが悪いよな」

怖くなって視線を外そうとした俺の頬を乱暴につかみ、無理やり岩ちゃんの方に向き直された

「い、痛いって…」

「女どもにキャーキャーされてんの。むかつくんだよ、なにもかも」

怒ってた理由って、昼過ぎのあの会話?

岩ちゃんもてっきり乗り気で話していると思ってたから、拍子抜かれて呆然としてしまう

「てめえは俺にだけ喜ばれたらいいんだ」

誰に当てたかも分からないような独り言が、変だって分かってるけど、なんでかドキッとしてしまう

「い、岩ちゃん怖いよ、これ解いて?」

後ろ手に縛られているテープの方を向いて、ぐいぐい動かしてみた

その瞬間、岩ちゃんの右手はまた俺の頬に伸び、ぎゅっと掴まれる

「俺の目見ろ。ぐちぐちうるせえんだよクソ及川」

岩ちゃんのこんなに怒ってるところ久しぶりに見て、体が勝手にたじろいでしまった

岩ちゃんの顔が近付いて、俺の唇にスレスレのところで止まった

唇が開かれ、聞きなれた、低くぼそっと声が漏れる

「黙って抱かれてろ。」