「なんで?いいじゃん?家崎さんと、もっと深く知り合いたいんだ。それとも、彼氏がいるとか?」

「それは……」

「家崎さんって、本当に美人だよね」

何も嬉しくない。この人に褒められても、ドキドキもしない。いつもみたいに流されちゃえばいいのに、それすらも上手く出来ない。
椿社長は、私のことなんて見てくれないのに。

「好きだよ、家崎さん」

そう言った皆川社長の唇が、私に触れようと近づいた。
今ここで瞼を閉じたら、キスをしたら……。

「ごめんなさい!」

「……は?」

「私、やっぱり帰ります」

「え、ちょっ、おい!!」

その手を払い除けて、私は急いで部屋を飛び出した。

誰も居ない廊下を走り、エレベーターに乗り込む私を、皆川社長が追いかけてくることはなかった。
あの格好だから、当然と言えば当然だけど。
それでもホテルの外に出た時は、ほっとして涙が零れた。

三月を迎えたのに、真冬のように冷え切った空の下で、私は静かに息を整える。

どうすることも出来なかった。
瞼を閉じた瞬間に、まるで走馬灯のように襲ってきた。

流される事すら、出来なかった。