けたましい蝉の鳴き声に思わず目を覚ます。
8月も半ばに差し掛かり、そろそろ俺と同じく受験真っ只中の上の妹が宿題の進み具合に、俺に蝉と共に泣きついて来る頃だろうか。
小学校の頃からの毎年恒例行事であるため、時期は数年前には既に把握済みだ。
一つ下の二人の弟は基本的にしっかりしているため、毎日コツコツ消費し、数日前に終わらせたばかりだし、末の妹は早く遊びたい!と最初の一週間で終わらせてしまうため、夏休みに手が焼けるような事にはならない。
…のだが、上の妹は勉強がとてつもなく苦手で、一問解くのに数十分を要し、集中力が切れてまた明日…を繰り返すタイプのため、今は恐らく進んでいても数ページ…下手すれば一ページも消費できていない可能性もある。
毎年彼女のそれには苦労してきたが、自分としては全く苦には感じていない。
目に涙を溜めて「お兄ちゃん…無理助けてぇぇぇぇ…」と可愛い可愛い妹に懇願されて断る理由など何処で見つかるものか。
そう、俺の弟と妹たちは冗談抜きで可愛い。
弟二人はしっかりしているように見えるが、苦手なことが多く、困ったことがあれば真っ先に俺を頼ってくれる。
末の妹は家族皆に元気を分け与えてくれる。
皆可愛いのだが、誰より可愛いのは、宿題で世話の焼ける上の妹。
勉強や器用事、怖いものが苦手で、何かあれば「お兄ちゃん!」と俺の所へ来てくる。
お土産に貰ったお菓子などを兄妹に先に選ばせたりと優しい心も持ち合わせている。
それに、コロコロ変わる彼女の表情は本当に癒しそのものだ。
ほら、今俺の腕にしがみつき、隣でスヤスヤ眠っている表情も時折変化している。可愛いだろう…ん?
「…ぅ…さゆ?」
「んー…んぅ…」
おかしいな。昨晩…というか、ここ数年は彼女…早百合とは一緒に寝ていない筈だ。
それに、俺は寝ている妹を自分のベッドへ運ぶようなヤバい奴ではない。
だが、理由はすぐに見つかった。
原因は十中八九、昨日兄妹5人で見た心霊番組の夏休み二時間スペシャルだろう。
その番組は丁度夕飯時にやっていたのと、怖いものが何より苦手な早百合以外はその番組を見たがっていたため、早百合はノーと言えず、食卓の丁度目の前にあるテレビでその番組を見る羽目となったのだ。
夕食を食べながら視界の端で起こっている心霊現象に情けない声を上げながら、隣にいる末の妹に抱きついていた。
その日の夜は、廊下を歩くときは近くの兄妹を呼び、風呂は末の妹と一緒に入った。
それだけ怖がっていたのにも関わらず、昨晩は頑張って一人で寝る!と言っていたが、やはり無理だったか。
妹や他の兄がいるのに、わざわざ俺の所に来てくれたのは、何か特別な理由でもあるのだろうか…?
取り敢えず起こしてやろう。早百合は寝起きが悪い方だから、少し時間がかかるだろう。
「さゆ。さゆ朝だよ。起きな」
「ん…んふ…んん…」
軽く頭をぽんぽんと叩いてみるも、言葉になら無い抗議の声が上がるだけだ。
「さゆ…起きろッ!」
薄いタオルケットだが、剥ぎ取れば少しは目が覚めるだろう。
ばさり、と俺の体にタオルケットが舞い落ちる。
勢いに任せすぎて顔にも掛かってしまったタオルケットをどかせばそこには早百合の姿…
「!!!!?」
「ぅーん…んぅ?…あ。おはよーお兄ちゃん」
「さゆおはよう…じゃなくて。何その格好!」
「え…部屋着だけど…?」
俺の眠気を完全に吹っ飛ばしたのは、早百合の言うとおり部屋着…なのだが、俺が兄とはいえ男の部屋に来るためとは思えない格好だったのだ。
「わ・か・っ・て・ま・す!何でそんな薄着なんだって話してるの!」
そう、早百合の今の格好は、キャミソールとショートパンツ。以上!の状態なのだ。
その上さっきまで寝ていたせいで肩紐はずれてるし、キャミソールを押し上げる胸もないせいで(早百合はこの事を気にしてるから本人に言ってはいけない)、中身もろとも見えてしまいそうな状況で。
「てか、寝る前はカーディガン着てたじゃん。何でわざわざ脱いだの?」
「うーん…お兄ちゃんって全体的に体温高いじゃん?だから暑くなっちゃうかな~って」
「だったら、ひなと一緒でよくない?」
「だってひなちゃん、寝相悪くて…由宇お兄ちゃんの所行くしかないかなーって…駄目だったかなぁ?」
「全っ然」
他に兄が二人いる中で、俺を選んでくれたことは、逆にありがたい…が。15にもなってこんな調子じゃ、兄としてはすごく不安だ。
早百合はまだこんな子だが、年を重ねるうちに女性らしさを着実に身に付けてきつつある。

俺が早百合を『一人の女性として』想う気持ちに拍車をかけさせるぐらいには。