菫を見ながらそんな話をしている菜乃花と遥斗の周りにも人が集まっている。
私は助けを求めて菜乃花ちゃんの方を見たけど、菜乃花ちゃんは如月くんと話すのに夢中だった。私が困っていると…
突然、誰かに後ろから抱きしめられた。
「だめ。戸川は俺と遥斗の班に来るの。でしょ?」
それは、須藤くんの声だった。
「……うん。」
私はドキドキしながら頷いた。
「そっか~…」
「ですよね~…」
私の周りにいた人たちはそれぞれどこかへ行った。
「ごめん…。」
須藤くんが私を離して謝った。
「ううん…。嬉しかったよ。」
私は須藤くんを見つめて言った。須藤くんの頬がほんのり赤い気がした。
「菫~!私と一緒の班になろ~!」
菜乃花ちゃんが如月くんを連れてきた。
「うん!」
私は頷いた。
「なぁ俺がいつお前と同じ班になるって言ったかな、京介くん?」
「ごめん、もしかして俺以外に約束してる人いた…?」
「…京介しかいないけど。」
「遥斗~~!!」
須藤くんが如月くんに抱きついた。
「ちょっ、おいやめろよっ!!」
如月くんが言った。
「なんか… 可愛い。」
私は言った。
「そうか?」
菜乃花ちゃんは苦笑いしていた。
「うん。」
私は頷いた。
「…なんか菫が幸せそうだからいいや笑」
菜乃花ちゃんは言った。

その日の帰り道。私が昇降口を出ると、須藤くんがいた。
「須藤くん?」
「あ、戸川。」
「誰か待ってるの?」
「戸川を待ってた。一緒に帰ろ。」
「うん!」
私は須藤くんが待っていてくれたことも、一緒に帰ろって言ってくれたことも、どっちも嬉しかった。
今日は私も須藤くんも部活がなかったので、乗った電車はいつもよりすいていた。
じーーーっ。さっきから須藤くんが私のことを見ている気がする。
「…須藤くん、私の顔になにか付いてる?」
「あ、ごめん。そういうことじゃないんだけど。」
「そっか。」
なんでもなかったのかなぁと私が思っていると
「なぁ、眼鏡外していい?」
唐突に須藤くんが言った。
「いいけど…」
「じゃ、失礼します。」
須藤くんはそう言って私の眼鏡をそっと外した。
「うん…。やっぱり可愛い。眼鏡してない方が好きだな。」
「えっと… 可愛いって言ってもらえて嬉しいんだけど… 見えないよ…。」
「あっ、ごめん。今眼鏡かけるからちょっとつかまってて。」
そう言うと須藤くんは私の手を自分の腰に持っていった。私は遠慮がちに須藤くんのセーターの裾をつかんだ。
「はい。」
須藤くんが眼鏡をかけてくれた。
「ありがとう。」
私は須藤くんのセーターの裾を掴んだまま、そう言った。
「うん。」
須藤くんはなぜか少し赤くなって俯いた。
「あっ、ごめん。」
私は須藤くんのセーターの裾を離して言った。
「いやいや、全然大丈夫。」
須藤くんはそう言った。そして私の肩に手を置いて
「戸川が可愛くて、ちょっとドキドキしちゃった。」
と言った。
「えっ、何言ってるの須藤くん…。」
私は大好きな人が急に可愛いなんて言ってくるから軽くパニックだ。須藤くん、勘違いしちゃうからやめて……。
そうこうしているうちに、電車は私と須藤くんの家の最寄り駅に着いた。
「あ、俺今日妹と約束があるからここで。」
「そっか。じゃあまた明日。」
「うん。また明日な。」
それから私はぼーっとしたままバスに乗り、家までたどり着いた。
「ただいま……。」
「おかえり~。あれ?菫、なんかあった?」
姉の桜が話しかけてきた。
「…須藤くんがおかしい。私のこと可愛いって言ってた…」
「まじで!須藤、やっぱり菫に気があるんだよ!」
「それはないと思うけど…」
「え、どんな状況で可愛いって言われたの?」
私はお姉ちゃんに今日の班決めのことからまた2人で帰ったことまでわりと細かく話した。
「ほぉ、バックハグか。」
「ほぉじゃないよお姉ちゃん、大事件だから!」
「そうだね。まぁそうだよね。で、どうするの?眼鏡やめるの?」
「ん~… コンタクト怖い…」
「そうかぁ。まぁ桜は目悪くないからコンタクトどんな感じかわからんけど、イメチェンするなら今よね。ほら、須藤の気持ちが菫に向いてるうちに!」
「そうだね… そうだよね。よし、私コンタクトにする!それで、イメチェンする!クラスのみんながびっくりしちゃうくらい可愛いなってやる!」
「よし、その意気だ!桜の知り合いの美容師さん紹介するからその重そうな髪の毛もどうにかしてもらいな!」
次の日曜日、私はお姉ちゃんに紹介してもらった美容師さんに髪を切ってもらい、眼科に行ってコンタクトを作った。まだこの見た目に慣れないけど、お世辞を一切言わないお姉ちゃんがめちゃくちゃ褒めてくれたし、ちょっと自信がついた。
「よし。行ってきます!」
私はお姉ちゃんのアドバイスに基づいてナチュラルメイクをして学校に向かった。
教室のドアを開けた。何だかいつもよりみんなの視線を感じる。やっぱり変かなぁ…と思っていると何故かいつもよりテンション高めの菜乃花ちゃんが私の元にやってきた。
「ねえ菫、超可愛い!どうしたの?眼鏡やめたの?イメチェン?」
「ありがとう。ちょっとイメチェンしてみた…。」
私は菜乃花ちゃんの勢いに押され気味だ。
「えっ、これってもしかして…」
菜乃花ちゃんはわたしの耳元に口を近づけると小声で
「須藤のため?」
と言った。
「うん… 内緒だよ?」
私は言った。
「うん!誰にも言わない!あぁ~もう可愛いなぁ菫…!」
「可愛くないよーー。」

そんな会話をしている私たちが気づかないうちに、後ろのドアから須藤くんが入ってきた。
「おはよ~、遥斗~。」
「おはよ~。あ、なんか戸川があっちで囲まれてるよ。」
「え?…見てくる。」
「おー。」

「あ、菫。須藤来たよ~!」
「えっ?」
私は菜乃花ちゃんの視線の先を見た。そこには何故か少し不機嫌そうな須藤くんがいた。
「須藤くん、おはよ…。」
「ごめん、戸川。ちょっと来て。」
「えっ…」
須藤くんは戸惑う私の手をとって歩き出した。そのまま須藤くんは人気のない場所まで私を連れていった。
「ねぇ須藤くん、痛い…。」
「ごめん…。」
須藤くんはそう言うと私の手を離した。
「戸川が可愛すぎて独り占めしたくなっちゃった。」
「ありがとう、須藤くんに可愛いって言ってもらいたくてイメチェンしたの。」
「ほんと可愛いよ…。」
「よかった~…。」
こうして私のイメチェンは大成功を収めた。

その晩、私は嫌な夢を見た。暗い森の中で1人で歩く私は1枚の紙を拾った。その紙には"遅刻"と書かれていた。
「んん…。」
私は起きてすぐに時計を見た。遅刻と書かれていた紙を見たからだ。しかし時刻は6時。余裕で電車にも間に合う。おかしいなぁ。夜見た夢が今日のヒントだとしたら、多分私遅刻するはずなんだけど。とかなんとかごちゃごちゃ考えながら私は家を出た。電車に乗ると珍しく席が空いていたので座ることが出来た。あぁ幸せ…と思いながら私はうとうとし始めて…
「次は~、終点。品川~。品川~。」
あれ… 今品川って聞こえた気がするなぁ。…え?
「ご乗車ありがとうございました、品川に到着です。」
私はなんと、寝過ごして終点まで来てしまったようだ。
やばいどうしよう… とりあえず学校に連絡しなきゃ…
私は学校に連絡したあと、再び電車に乗った。結局この日、私が学校に着いたのは9時20分頃だった。私は職員室に行ってしばせんに声をかけた。
「すみませんでした…。」
しばせんには既に電話で事情を話していたので、私の一言目はこれだった。
「いやぁ、びっくりしたよ笑 真面目で遅刻なんか絶対しない戸川が寝過ごすなんて…。」
「ほんとにすみません…。」
「まぁ、いつもはちゃんと時間に余裕を持って行動できてるし、今回は見逃すよ笑 今後は気をつけてね~。」
「ありがとうございます!」
「はーい。」
しばせんとの会話はこれで終わった。見逃してくれるなんて有難いなぁ~と思いながら私は教室に向かった。時刻は9時35分。あと5分で1時間目の授業は終わる。私は今更教室に入るのは気が引けたのでトイレで時間を潰すことにした。
♪ キーンコーンカーンコーン チャイムがなった。私は授業が終わったのを確認してから教室に入った。
「菫ーーーーーーっ!おはよっ!どうしたの?遅かったねぇ、何かあったかと心配してたよーー!」
私を見つけてくれた菜乃花ちゃんが走ってきて言った。
「おはよ、菜乃花ちゃん。実は寝過ごして終点まで行っちゃったんだ…。心配かけてごめんね。」
「そうだったんだ!いやぁ、でも元気でよかった!あっ、」
「ん?」
菜乃花ちゃんは私の耳元で
「須藤もめちゃくちゃ心配してたから行ってあげて。」
と言った。
「…うん。行ってくる!」
私は須藤くんが心配してくれてたことがとても嬉しかった。そして須藤くんの元へ向かった。
「須藤くん、おはよ。」
「おはよ、戸川。今菜乃花さんと話してるの聞こえた。風邪かなぁって思ってたけど、元気でよかった。」
「心配かけてごめんね。」
「いやいや。あっ、これ。」
須藤くんは私に1枚のルーズリーフを渡した。
「1時間目のノート、書いといたから。」
「えっ、ありがとう!助かる!」
「字、汚くてごめん。」
「そんなことないよ!」
そんな会話をしていると菜乃花ちゃんが私たちのそばに来た。
「はーい、そこまで~。ごめん、須藤。ちょっと菫借りるね。」
「おー…。」
私は菜乃花ちゃんに連れられて廊下に来た。
「どうしたの、菜乃花ちゃん。」
「あのね。今日朝連絡あったんだけど、授業がびっしり詰まってて、遠足の計画を立てる時間がないんだって。だから、今日から遠足までの期間、お昼は遠足の班で食べることになったの。そこで遠足の班別行動の計画を立てる。」
「そうなんだ~。」
「うん。そこでね、これは私からの提案なんだけど。」
「うん。」
「私と菫と須藤と遥斗の4人でグループLINEをつくりたいなぁって。」
「あぁ~。いいねぇ。」
「でしょ?そしたら菫、須藤とLINE交換しなよ~。」
「…うん。頑張ってみる!」
「よし、じゃあまたお昼に話そっ。」
「うん!」
私は菜乃花ちゃんの言ってくれたことには大賛成だったけど、須藤くんに"LINE交換してほしい"ってちゃんと言えるかちょっと不安だった。