私の毎日は冴えない。今日の国語総合の授業で調べた。"冴えない⋯ぱっとせず、面白みに欠ける。また、満足できない。" これだ!と思った。私の毎日はまさにぱっとせず、面白みに欠ける。
「おはよー」
「あ、京介。おはよー」
"京介"という名前に思わず反応してしまう。こんな冴えない私にも一応好きな人がいる。
「おはよ、戸川。」
「お、おはよう…。」
爽やかな笑顔で私に挨拶して、隣の席に座る彼。この人が私の好きな人。名前は須藤京介。私はなぜか中学1年の頃からこの人と同じクラスで、たまたま同じ高校に進学した。そしてまた、同じクラス。
「京介、借りてたCD聞いたよ。めっちゃ良かった。」
「だろ?美月さんなら分かってくれると思ってた。」
「京介お前今週末暇?」
「え?暇だけど。」
「どっか行こうぜ!」
「お、いいね!颯太と出かけるの久々じゃん。」
須藤くんは誰からも好かれる。彼の席の周りにはいつも誰かがいる。今日もいつも通り、彼の周りには人が集まっていた。
「菫おはよ!」
「おはよ、菜乃花ちゃん。」
私の席に来たこの可愛い子は相原菜乃花ちゃん。菜乃花ちゃんとは小学校の頃からずっと同じクラス。もはや奇跡だと思ってる。
「おはよ、戸川。」
「おはよ、如月くん。」
菜乃花ちゃんと一緒に来たこのイケメンさんは如月遥斗くん。菜乃花ちゃんの幼なじみ。須藤くんの親友でもある。
如月くんとも小学校の頃からずっと同じクラス。奇跡Part2。
こんな感じで私の毎日は大抵須藤くん、菜乃花ちゃん、如月くんの3人に挨拶をすることから始まる。それから授業を真面目に聞くけど眠くなっちゃってうとうとして、休み時間にはひたすら読書。お昼ご飯は菜乃花ちゃんと2人で食べたり、如月くんも一緒に3人で食べたりする。放課後は吹奏楽部でトロンボーンを吹く。トロンボーンは好きだけどそこまで得意ではない。そんな感じで一日を過ごして、今日も疲れたなぁ…と思いながら電車に乗ってぼーっとしていたら…
「間に合った~!」
発車する1分前、須藤くんが電車に乗ってきた。
「須藤くん…?」
「戸川、お疲れ。一緒に帰ろ。」
「へ…?なんで私なんかと…?」
いつも同じ時間の電車には乗っていない須藤くんがいて、しかも私と一緒に帰るってなに…?
「戸川、最寄り駅一緒でしょ?」
「そうだけど…」
「それに俺、ずっと戸川と話してみたかったんだ。」
「え、なんで…?」
「朝、戸川がクラスで1番早く学校に来て、教室に飾ってある花の水交換してるの見たことあって。あぁ、だからこのクラスの花は他のクラスの花より長持ちするんだなぁ、って思った。」
「それ…知ってる人いたんだ…。」
「うん。他にもあるよ。チョークが短いのばっかりになってたら長いの持ってきてくれてる。あと、花壇に水やりしてるのも戸川だよね。」
「そうだよ…。」
「みんながやらないことを当たり前のように、しかもなんか楽しそうにやってるの見てて、戸川っていいやつなんだなぁって思った。それで話してみたくなったんだ。」
「嬉しい… だけど私はそんなにいいやつなんかじゃないよ。…昨日の国語の時間に"冴えない"って言葉の意味調べたの覚えてる?」
「あぁ。覚えてる。」
「そっか。…私の毎日はまさに冴えないんだ。ぱっとせず、面白みに欠ける。名前だって冴えないし…。」
「え?そうかな。」
「…え?」
「俺は菫って名前好きだけどな。」
「どうして…?」
「菫の花言葉って知ってる?」
「知らない…。」
「菫の花言葉は、誠実、謙虚。…戸川にぴったりでしょ?」
「そうかな……。」
「そうだよ。それに、菫にはもう1つ花言葉があるんだ。」
「もう1つ?」
「うん。菫のもう1つの花言葉は、小さな幸せ。」
「小さな幸せ…。」
「戸川は今幸せ?」
「どうなんだろ…。」
「…じゃあ俺が戸川の小さな幸せ見つけるよ。小さな幸せをたくさん見つけたら毎日が幸せで溢れて、きっと冴えないなんて思わなくなるよ。」
「ありがとう。須藤くんこそいい人だね。」
「そんなことないよ。」
須藤くんはそう言って照れくさそうに笑った。にしても、須藤くんと一緒に帰ってて、こんなに沢山話せるなんてやっぱり凄い。あっ…
「須藤くん。」
「ん?」
「幸せ見つけた。」
「え?」
「私、今須藤くんと一緒にいられることがすごく幸せ。」
私がそう言うと須藤くんは黙ってしまった。どうしよう、何かまずいこと言ったかな…と焦っていると…
ぽんっと私の頭に須藤くんの手が置かれた。そのまま優しく撫でられる。私は嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が赤くなるのをなんとなく感じた。
「須藤くん…?」
「あんまり可愛いこと言わないで…。」
「え?」
今須藤くん可愛いって言った? 私のこと?
「俺も幸せ。」
「それは…光栄です。」
「なにそれ笑」
「私なんかといて幸せって思ってくれて光栄ってこと。」
すると須藤くんはちょっと怒ったような顔をして言った。
「"私なんか"なんて言わないで。俺が悲しくなる。」
「…わかった。言わない。」
それから須藤くんは私を家まで送ると言ってくれた。
「え、いいよ。須藤くんが家に帰るの遅くなっちゃう。」
「だめ。夜遅くに女子一人で帰らせる訳にはいかないでしょ。」
「じゃあお言葉に甘えてよろしくお願いします。」
「それでよし。」
私達は顔を見合わせて笑った。私はこんなチャンス二度とないかもしれないと思ってちょっと図々しくなってみることにしたのだ。それから私の家に着くまで約20分、たわいもない話をしながら歩いた。その20分は私が経験したどんな20分よりも楽しくて充実していた。そして私達は私の家の前に着いた。
「今日は一緒に帰ってくれてありがとう。楽しかった。」
「こちらこそありがとう。私も楽しかった。」
何だか名残惜しいけどこれ以上須藤くんが帰る時間を遅くしたらだめだと思って私は言った。
「須藤くん、気をつけて帰ってね。」
「うん。」
須藤くんはくるっと向きを変えて歩き出した。…しかし3歩くらい歩いたところでもう一度私の方を向いた。
「ねぇ戸川、また一緒に帰ってくれる?」
須藤くんは少し躊躇してからまっすぐ私を見てそう言った。
「うん!もちろん!」
「よっしゃ!ありがとう!じゃあまた明日!」
須藤くんは嬉しそうに笑ってそう言って、今度は走り出した。
「うん、また明日!」
私は後ろ姿の須藤くんに向かって言った。須藤くんを見送りながら私は今の幸せを噛み締めていた。
「ただいま~。」
「おかえり~。あ、菫。なんかいい事あったっしょ?」
鋭い。私の"ただいま"の一言だけでいい事があったと見抜いたこの人は私の姉、戸川桜だ。
「よくわかったね、お姉ちゃん。」
「そりゃわかるよ。何年菫の姉やってると思ってるの笑」
「そっか笑」
「で、何があったの? ことによっては協力できるかもしれないから、言ってみ?」
私は一瞬迷ったけど"協力できるかもしれない"という言葉に惹かれて話すことにした。
「須藤くんと一緒に帰ってきた。」
「え、まじで?!」
お姉ちゃんは私が須藤くんに中学の頃から不毛な片想いをしていることを知っているのですごく驚いた。そして、喜んでくれた。
「良かったじゃん!菫のことだから自分から話しかけたわけじゃないでしょ、ってことは須藤の方から話しかけてきたってことだよね。ってことは、須藤、菫に興味があるってことだよね!」
「お姉ちゃん、それは希望的観測では…?」
「え、でも興味ない人に話しかける人なんかいなくない?」
「んー。それもそうか…」
「とにかくチャンスだよ、菫。須藤が菫に興味持ってくれてるうちになんとかものにしないと!」
「そんな事言われても…」
「あ、やばい。秀と約束してるんだ、もう行かなきゃ。何か進展あったら教えてね!行ってきます!」
「わかった。行ってらっしゃい。」
お姉ちゃんはどたばたと出て行った。秀というのはお姉ちゃんの彼氏で、たまに家にも来る。妹の私にまで優しい、完璧な彼氏さんだ。
「でもなぁ… 進展なんてあるわけないよね。」
私はそう呟いた。急に寂しくなってきたので今日は早く寝ることにした。
…その日の晩からだった。私が不思議な夢を見るようになったのは。
花畑にいた。色とりどりの花が咲いていた。晴れているのに空には虹がかかっていた。どこからか明るい音楽が聞こえてきた。ふと私が地面を見ると一枚の紙が落ちていた。そこには"遠足"と書かれていた。えっ?遠足が何?と思っていると急に眩しくなって…
目が、覚めた。夢って曖昧にしか覚えていないものだけど、今日はなぜだかはっきりと覚えていた。
♪~♪~♪~♪
スマホがなっている。画面には"公衆電話"の文字。私は恐る恐る電話に出た。
「もしもし?」
「おはようございます。突然のお電話失礼しました。私、眠木夢香と申します。」
「眠木さん…。」
「はい。信じていただけないかもしれませんが、仕事ですので説明だけさせていただきます。」
「はい…。」
「あなたが昨晩見た夢は"恋夢"というものです。恋夢はあなたの明日のヒントです。つまり、昨晩あなたが見た紙に書かれていた文字は今日起こる出来事のヒントになっているということです。」
「はい。」
「恋夢にはいくつかのルールがあります。まずこの夢は恋をしている人だけしか見ることが出来ません。そして、その恋が叶うと恋夢は終わります。また、その恋が終わってしまったとしても、恋夢は復活しません。恋夢を見ることが出来る期間は人生のうち1回だけなのです。最後に、1番大事なルールをお伝えします。恋夢を見たことは他人に話してはいけません。もしもあなたが他人に恋夢のことを話したら… その時はこちら側に来ることになります。私からお伝えすることは以上ですが、なにか質問はありますか?」
「えっと… こちら側に来ることになるっていうのはどういうことですか?」
「もしもあなたが他人に恋夢のことを話したくなったら、今から言う電話番号に連絡してください。その時は私から"こちら側"の説明をします。」
「わかりました。」
「080-123-3587です。他に質問は?」
「もうないです。」
「では、あなたの恋が叶うことを祈っています。朝早く失礼しました。」
ここで、電話が切れた。よく分からなかったけど、私は眠木さんの話を信じることにした。夢で次の日のヒントが貰えるなんてなんだか凄いことな気がしたのだ。

「おはよ、菫!」
「おはよ、菜乃花ちゃん。なんか今日テンション高いね。」
「だってさぁ、今日遠足の班決めの日だよ~!」
「あっ…!」
私は昨日見た夢で"遠足"と書かれた紙を拾ったことを思い出した。
「ん?どうかした?」
「ううん、なんでもない。」
「菫と遥斗と須藤と一緒の班になれたらいいなぁ~」
「そうだね~」
「はい、HR始めるぞ~。みんな席に着け~。」
担任の葉柴圭人先生が教室に入ってきた。みんな葉柴先生のことは"しばせん"と呼んでいる。
「やばっ、しばせん来た。また後でねっ!」
「うん!」
私はしばせんの話を聞きながら遠足の班決めのことを考えていた。菜乃花ちゃんと如月くんと須藤くんが同じ班になってくれたら、絶対に楽しい遠足になるだろうなぁ…と思った。そして、1時間目のLHRが始まった。
「はい、今日は~、予告通りゴールデンウィーク明けの遠足の班決めをしま~す。学級委員よろしく~。」
「はい。」
「はい。」
葉柴先生の呼びかけに答えたのは菜乃花ちゃんと如月くん。2人はこのクラスの学級委員なのだ。
「はい、じゃあ今から班決めします。俺らのクラスは32人だから、ちょうど4人班が8つできる。」
如月くんが言った。
「それで男子2人、女子2人の4人班をつくってもらいたいんだ。揉めないように決めてね。それじゃ、スタート!」
菜乃花ちゃんが言った。一斉にみんなが動き出す。
「戸川さん、よかったら俺らと一緒の班に!」
「いやいや俺らと!」
私は突然周りに人が集まってきてびっくりしていた。
「あーあ。あの子、自分が可愛いってこと自覚してないからなぁ…。」
「まぁ、京介が黙っちゃいないでしょ。」