わたしの耳はまた、正常に動かなくなったのか。
目線をゆっくりと、月から遥斗に……移した。
遥斗はわたしを真っ直ぐに見据えていて──視線と視線が、交わった……。
「……こっちのほうが、よく見えるだろ」
「……え…………」
たしかにここからは、わたしの家の屋根が夜空を邪魔している。
遥斗の部屋のベランダからのほうが、より、月は夜空と一体になって綺麗に見えるだろう。
「………早く」
「……っ……」
……そんな……急かさないでよ。
わたしはまだ、心の準備ができていないのに。
遥斗が出てきてくれたことでさえも驚いているというのに、“こっちに来い”だなんて、いきなりそんなこと言われて冷静でいられるわけないでしょ…。
わたしの部屋のベランダと、遥斗の部屋のベランダ。
小学生のころ、よくここを行き来していた。
でも、お母さんに見つかって、「危ないでしょ!!落ちたらどうするの!!」ってふたりともこっぴどく怒られて……それ以来、この手を使ったことがなかった。
何年ぶり、だろう……。
わたしはベランダの柵に手のひらをついて、自分の体を手のひらだけで持ち上げた。そして、足を柵にあげて……。
「……わ……っ……」
久しぶりすぎるし、暗いから、怖い。無事に遥斗のもとへたどり着けるか不安になった。ここから落ちたら、死ぬかも……。
「……ん」
なかなか柵から柵へと越えられないわたしに、大きな手のひらを差しのべてくれた……遥斗。
思いがけず、逆に足を踏み外してしまうかと思った。
「……よいしょ…っと」
遥斗の手のひらを借りて、無事、わたしは今……自分の部屋のベランダから、遥斗の部屋のベランダに、この足をついている。



