冷たい幼なじみが好きなんです



………ない!!!!


テーブルにも椅子にも、何度も見たって、わたしの携帯は欠片も見当たらない。


今日はとことんついてない。


一気に気持ちがブルーになる。


携帯を無くすとか、ありえない。


たしかにこのテーブルに置いたはずなのに。


だけど冷静に考えると、今ここにないってことは、店員さんが忘れ物として回収しているかもしれないと思った。きっとそうに違いない。というか、そうでないと困る。もしだれかに盗まれていたとしたら、一ミリも笑えない。遥斗と百合ちゃんのあとをつけるなんて馬鹿なことをした自分ではなくて、このカフェに入ることになった原因である竜のせいにしてしまうレベルだ。


とにかく、今は店員さんに聞いてみるしかない。


そう思って店員さんが立っているレジに向かっていると。


「──あっ!やっぱり戻ってきた!」


少し向こうのほうで、そんな大きな声が聞こえてきて、わたしは反射的にそちらを向いてしまった。


声の主は──まだ数回しか聞いたことがない、百合ちゃんだった。


わたしは自分の目を疑った。


百合ちゃんの右手には、なんとわたしの携帯が持たれていて、左手で、わたしのことを手招きしているのだ。


無視するわけにはいかない。だけど、彼女のもとへ行きたくなかった。

だって……百合ちゃんの向かいには、遥斗が座っているから……。


遥斗のことは見ないようにして、緊張を隠しながら彼女のもとへ歩く。


「この携帯、あなたのだよね?絶対戻ってくると思ったから、待ってたの」


百合ちゃんは笑顔でわたしの携帯を差し出してくれた。


彼女はきっと、お手洗いから出たあと、まず竜やわたしがいなくなっていることに気づいて、それからわたしの残された携帯を見つけたんだろうと思った。


「ありがとう…っ」


わたしは携帯を受け取り、自然にお礼を告げた。顔はひきつっていないだろうか。


いつものわたしだったら………ありがとう!だれかに盗まれる前に預かってくれてすごい助かったあ~!!ほんとにありがとう~っ!!!………なんてテンションでお礼を言っているだろう。


だけど今はそれができない。自分をセーブしてしまう。

だって、遥斗がすぐ近くにいるから……。

うるさいって思われたくないから………。


「ほんとにありがとう」


とにかく、見つかってよかった。

わたしは最後にもう一度だけお礼を伝えて、これ以上この場にいると息がつまりそうになるため一刻もはやくこの場から去ろうとした──次の瞬間。


「こら、ユウくん!走っちゃダメ!」


「ママはやくー!ッわあ!!」


「きゃ…ッ──」


──バシャッ!


──……えっ……?


その一瞬の出来事に、わたしはいったいなにが起こったのかわからなくなった。


「……は…る……と……」


ただひとつわかるのは、目の前に遥斗の背中があるということ。ほんとにすぐ、目の前にある。まるで、わたしの盾のように。


「っ遥斗くん、大丈夫!?」


真っ先に声をあげたのは、百合ちゃんだった。


「すみません……っ大丈夫ですか…っ!?」


そのとなりで、大学生くらいの女の人が申し訳なさそうな表情でおろおろしている。その後ろに、小さな男の子とそのお母さんらしき人が立っていた。


「店員さんにタオルと氷、もらってくるね!!」


百合ちゃんは早口でそう言ってレジのほうへ急いで向かっていった。


今、遥斗が着ているジャケットの右腕部分に、なかったはずの大きな黒い染みができている。

それを目にしてようやく、わたしはなにが起こったのかを理解したのだ。


遥斗は何も言わないまま………カフェから去っていった。


わたしは急いでそのあとを追いかけた。