優香はわたしとは反対方向の家に住んでいるため、正門の前でバイバイとなった。
昼間より少しだけ涼しい空気のなか、真っ直ぐに帰路につく。
最後まで「笑ちゃんなら大丈夫だよ」と言ってくれた優香。
その言葉にどれだけ勇気をもらったかは計り知れない。
この坂を下り、その先に待っているわたしの家。そして遥斗の家。
今日はまっすぐ自分の家に入る前に、遥斗の家に、遥斗自身に用がある。
どうしよう…緊張してきた…少しこわくなってきた。
また、あの冷たい瞳で見られたら……そう思うと、遥斗の家によらず自分の家にとじ込もってしまいそうだ。
わたしはぶんぶんと首を横に振った。
いけないいけない、そんなんじゃ。
ちゃんと前に進まなきゃ。遥斗とこのままでいいわけがない。
よし、と気合いを入れて慣れた坂を下っていく。
坂を下ると、そこには公園があり、その先にわたしたちの家がある。
遥斗とわたし。
今はちがうかもしれないけど……少なからず、遥斗のなかでわたしはほかの女の子よりかは特別だったはずだ。
だって、生まれたときからずっと一緒なんだから。
遥斗のこと、わたしが一番よく知ってるんだから。
その自信を持たないと。でないと、遥斗に少し冷たくされただけで、わたしの蓄えられた勇気は一瞬で飛んでしまいそうになる──
ヒュウ──!と、急に冷たい風が顔にかかってきて、逃げるように瞳を閉じた。
瞳になにか入ってしまったのか、少しゴロゴロする。
坂をゆっくり下りながら両目をパチパチして、クリアになったわたしの視界に飛び込んできたのは──
──遥斗だ。
「…ッ!」
心の準備ができていなくて、わたしの心臓は大きく跳ね上がった。
遥斗だ。遥斗がいる。
公園から出てきた、遥斗…
…の後ろには、見覚えのある女の子の姿。
え………?
あれ…このかんじ、前にも見たことがあるような──
「じゃあ遥斗くん、日曜日は11時に集合ね!楽しみにしてるねっ!」
わたしは驚きを隠しきれないでいた。
だって、女の子は女の子でも…その子は、2年生に進級してまもない頃、この道で、遥斗にフラれたはずの子だから──。
学年で一番美人でスタイルがよくて、頭もいい子。
名前はたしか…相田百合(あいだゆり)ちゃんだ。
百合ちゃんは遥斗の腕に触れながらとびきりの笑顔で「また明日、学校でね!」と告げると、横道に入り去っていった。