生まれてから、きっと何百回も何千回も、わたしは遥斗の名前を呼んでいる。
遥斗がわたしを呼ぶ回数は、わたしよりは、少ないかもしれない。
名前という、自分の存在を最も分かりやすく表すもの。
遥斗に今、たった一回呼ばれただけで………“笑”という名前が、花が咲いたように特別なものになった気がした……。
「……他にしてほしいことは」
遥斗は固まったわたしを見つめたままつぶやいた。
「……え…」
そんなことを聞かれるとは思わず、返事にうろたえる。
「他にしてほしいこと、ないのかよ」
「も、もう大丈夫…っ」
贅沢は言わない。
そうやってわたしのことを見つめてくれて、名前を呼んでくれただけで………わたしはもうこの上なく嬉しい気持ちでいっぱいだ。
だけどちょっと、距離が近すぎる気がする。
遥斗の耳にこの胸のドキドキが聞こえてしまったらどうしようかと心配になる。
「もういいのか?」
「う、うん、いいから…っ一回離れよう…!?」
トンネルのなか、まるで密室にいるみたい。
暗いことが幸いだ。
もし明るかったら、恥ずかしくてわたしはもう逃げ出しているにちがいない。
「それは無理」
遥斗はわたしの言葉を一刀両断に却下したと思えば。
「次は俺の言うこと聞け」
なんて、自分のターンに持っていってしまった。