その人は止めるつもりは毛頭なかったのだろうけど。

「仁」

頭の上から聞こえた声を頼りに見上げると、階段の踊り場から身を乗り出している仁の姿があった。


「…来てたのか」

なぜ、綾が知らないのだろう。

5回もあたしの部屋を訪ねた仁がここにいることを。

降りてきた仁は綾の姿も見ずにあたしだけを見て、心配そうに眉を下げた。

「もう大丈夫なのか?」

「ええ、だいぶ楽になったわ」

「もう少し寝ていればいいのに」

「Juliaから仁が5回もきたと聞いたから、報告に」

「Julia?誰だそれ。夢はそんな名前じゃねえよな?」

綾の疑問にハッとする。

そうか、ここは倉庫。あの人のいる場所じゃない。

Juliaは真田 夢と名を変えてやっているのだ。

「…ごめんなさい。昔の知り合いとよく似ていたから、そう呼んでしまったの。…夢さんにもそう呼んでも構わないと言われていたから」

訝しがるような視線を仁はあたしに向けたけれど、知らないふりをしつつ、まっすぐに彼を見つめた。

Juliaがあたしに信頼に値するかは分からない。

だけど今のところ彼女があたしを裏切っていない以上、彼女を裏切る気にはなれなかった。