「なにそれ」
「知らねえのか?…そうだな、秘密の部屋みたいなものだ」
秘密の部屋か。
「なんだかおとぎ話に出てくる世界みたいなことを言うのね」
小さい頃、おとぎ話の絵本をママからよく読んでもらった。
白雪姫にシンデレラ。
小さい頃は最後は必ず主人公が幸せになるお話ばかりを読んでもらっていたから、あたしはみんなが幸せになれるのだと信じていた。
だけど知ってしまった。
人は必ずしも幸せになれるわけじゃないことを。
「そんな可愛いもんじゃねえけど」
「そうかもしれないわね。だけどなんだか幸せな雰囲気がする」
幸せがまだここにはある。
幸せになれる権利がまだ残っている。
「そんなこともねえよ」
彼はそう否定したから、きっとそのかけらをまだ見つけられていないのかもしれない。
失って初めてわかる大切なもの。
失ってからは分かったって遅いのだから、あたしは強くいいたいのだけど。
そうは言ったって彼の心に届かないことなど分かりきっている話だから。
だからあたしは。
そうなの、と。
彼の言葉に否定も肯定もせずに、そっと立ち上がる。



