いそぎあし
風に薫った
金木犀


毎朝、通勤時は多くの人のイライラしいほどのカッカッという、サラリーマンの革靴やOLさんのハイヒールの靴音に焦る。

遅刻するわけではないのに、周りの速さにのまれそうになる。

最寄りの駅から社屋ビルまでに香る金木犀に気を取られ、石階段を踏み外してしまった私は、条件反射のように前から来ていた人の手を掴んでしまった。

咄嗟のこととはいえとんでもない迷惑行為に恥ずかしくて痛みも麻痺したみたいだった。

知り合いではありませんようにと祈りながら顔を上げると、不機嫌な苦笑をしてこちらを伺う見覚えのある男性と目が合った。

あーもう。こういう時になぜこの人?

同期のエリートくんが、固まって離せないでいた私の手を迷惑そうに払いながら言った。

こんな事してまでも俺と手を繋ぎたかったのか?

恥ずかしすぎて動けなくなってしまった私の頭をポンポンして、すれ違い様に金木犀とエリートくんの薫りが入り混じって息苦しくなった。

好きになってしまったの?
薫りマジックなのか?

手に残る彼の温度と彼の薫りに支配されて恋に落ちたんだと知った朝。

金木犀の薫りが風に舞って少しの肌寒さを感じて、現実に引き戻されつつ出勤した。

私の落ち恋記念日。