「アメイジング・グレイス」

また、ボソリと呟くとバイオリンによるソロが始まった。

曲名は、もちろん。アメイジング・グレイス。

「音色が見えるみたいに綺麗」

訳の分からないことを言ってしまった。

まずいと思った時、隣にいる新くんがクスッと笑う。

「凛音。お前、面白いな」

「そう、かな?」

「あぁ。ホント」

そう言って立ち上がる新くんは、なんだか不思議な顔をしている。

逞しいような、恥ずかしがっているような。

すると、新くんがいきなり、

「食べてみようか」

と言って、私の右手首を優しく掴んだ。

「え?なにを…」

シャッ──。

掴まれた右手首を引かれて、一瞬にして新くんとカーテンの中へ。

まるで、二人だけの世界のよう。

新くんの顔や声以外は、何も聞こえない。何も見えない。

「音符の味。それと、キスの味」

キ、キ、キス!?

びっくりした私の体が固まるのを良いことに、

新くんは顔を近づけてくる。

ち、近い!!

「ダメ……んっ」

と口元を塞がれた瞬間、

聞こえなかった音が耳へと入ってくる。軽やかなメロディー。

見えなかった景色が視界へと写り込む。カーテンの隙間から見える舞台。

窓に押し付けられる右手首。繋がれる左手。

抵抗できない。

というか、抵抗する気なんてない。

だって、ずっと好きだった新くんとのキスだもの。

まるで、夢見心地。

ゆっくりと目を閉じる。

見えないけど、確かに新くんがいる。

だけど、唇の感触が消えていく。

窓から流れる風で揺れる髪も、ピタリと止まる。

吹奏楽の演奏も聞こえなくなる。

可笑しいと思って、目を開ける。

そこには、淡い水色の天井。

なんだろう。見覚えがある。

あれ?重心が足元じゃなくて、

頭の後頭部や背中にかかってる。

もしかして、ベッドの上?

それで、ここは自分の部屋?

「凛音!早く起きなさい!」

一階のリビングから、母の声がする。

私は、確信した。

夢だーー!!

*~END~*