二階の出口から出ると
一階への階段に続く
コンクリートの地平線と
少し遠くのビルの上半身が
幾つか見えた

駅の二階から少しだけ
地続きになっている
コンクリートの遊歩道は
一階の地上に覆いかぶさるように
飛び出していて
下に大きな影を作っている

その上には幾らかの人がいて
陽は静かに傾きかけていた

ここでするのか…と
自分でやる訳でもないのに
身構えてしまう
スーツの
仕事帰りか、仕事途中か
みたいな人も結構多いし
全然、歌を聴くような雰囲気じゃない

「ほんとにやるの?」
電気屋さんの
大きなビルの側に居る
彼の方に向いて尋ねる

「ここまで来たら…」

緊張してる

「そうだよね」

風がぴぅーと
ビルの間を吹きぬけて
遠く段々とぼやけていく
大通りの先に
消えていったような気がした

ここにしようか と、はる君が
直径3,4メートルくらいの半円の淵に
腰をかけた
後ろには幾本かの
寂しい木が植わっていて
よく道とかにある備え付けの
植木用のスペースのようなやつだろう

腰を下ろすとそれ自体も
見た通りコンクリで
規則的な
黒い縦線と横線に合わせて
それぞれ8センチ毎くらいに
少し窪んでいる
それは、ざらざらと無機質で
でも 生暖かい手触りがした

「やっぱりあたしこっち座ろうか?」
植木鉢と はる君に対して
向き合う側に出て言う

「一人ぐらいお客のふりしてた方が
皆んな来やすくなるんじゃない?
さくら みたいな!笑」
「ほら、何もしないのに
隣にいるってのも変だし」

「うん、そうかもね」

彼は少し笑って、それから
ふっと真面目な顔になった
かぱ とケースを開けて
古びたアコースティックギターを
取り出す。

「じゃあ…



夕凪、いや
海無し県で言うのも変だけど
本当にその一瞬
風が止んだような
静けさが生まれて
私は息をのんだ

「"ブランズ"の"夕凪"っていう
曲をやります。」

あっさっき聞いてた曲

夕凪
今にぴったりだな

ぽろんと
彼がギターを弾き始める
か細い指で繊細に弦を弾く

また少し吹き始めた
生ぬるい風に乗って
辺りを彷徨う

「じゃあ、いくよ、

今のは
音の確認だったみたいだ

再び弾き始められたメロディーは

私の知ってるものに近づいて
また少し離れて

弦を押さえる右手が
ぎこちなく
ずらされ
でも確かに
音が
奏でられていく

歌い出しなんだったっけな

はっと開かれた口
唇が
意思をもった形になって

歌が始まる…
「騒がしい街中にも♪

あの町と同じように

日は落ちていく

(あぁ、それだ、、)

せせこましい

建物の隙間から

かわりばんこだよって

影が手を伸ばして


何かに足を

すくわれないように

上げた足を取られないように

下ばっか向いて歩いてるから

こんな気分になるのかなぁ

本当にきみと

かわりばんこしたいよ 」


駅前はやっと帰宅ラッシュで
人も増えてくるのに
立ち止まる人なんて全然いなくて


でも私達

いや
はるくんがどう思ってるかは
私には分からないけど

少なくとも私は
誰も来なくたっていいかもって
そんな風に思ってた


「あぁ♪移り変わりの夕凪は

きっとあの町に 今、訪れていて

橙の蒸した海辺の道で

好きな歌 口ずさみながら 帰ろう」


周りの喧騒さえも はる君の歌声に
吸い込まれて消えていく様な気がした


「あぁ♪移り変わりの夕凪は

きっとあの町に 今、訪れていて

この街の風に思いを乗せたって

届かないから もう 帰ろう」

ギターの心地よい音が流れる

「夜になったら また 」



最後のギターが止んで
彼が『ありがとうございます』と
笑うと、ふっと
耳にざわめきが帰ってきた
駅前に響く靴音、話し声、電車の音
その後ろの 何か分からない喧騒
ざわぁーっと一気に押し寄せた

「おぉー」
私が一人ぱちぱちぱちと拍手をする

「やっぱ違うねぇ〜」
「聴かせる歌って感じ」笑

「それ褒めてる?」

「もち」

「どーも」
なんだか内気な笑い方
卑屈なかんじの

はる君て何考えるんだろ
読めんなぁ…

と思った