初夏なんて
しばらく来ていない
梅雨が終わればすぐ猛暑
それがここ数年のパターンだ

だけど
あの時間のあの場所には
それがあった
私はそれが嬉しくて、
毎日学校になんて通ってしまうのだ


早朝の暗がりを自転車で飛ばす
ドア閉まる音を置き去りにして
線を描くようにすぅーっと抜けていく
どこかの学校の坊主の子とすれ違う

朝日が眩しい、いつ出てきたのだろう
いつも見逃してしまう日の出は
いつかのお楽しみして

今はただ、この景色をみていたい
そう思わせるような力強い光が
私の目に街を焼きつけていく
どうでもいい町も
この時だけは劇的な街に見える
それがいつも不思議で、心地良い。


少し汗ばんだころ、
いや、、それが少し冷えたころに
私は学校に着く。キュッを自転車を
停めて、生徒玄関を素通りして
朝日に光るアスファルトを歩いていく

この時間では、まだ
職員玄関しか開いていないのだ。
少し重めのドアを開けると
ふっと空気が入れ替わる感じがする
私は靴を脱いで、
靴下のまま、それを持って歩き出す。

今度は生徒玄関に向かわねばならない
靴をしまわなくちゃぁいけないから。
なんと面倒くさい設計。
つくり直して欲しい。
まぁこんな時間に来る、私が
いけないんだけど

下駄箱までもう少し、、
ここまで来て分かれ道
右には下駄箱、左には今日の目的地
先に行ってしまおうか…ちょっと
靴が邪魔だけど、
それでも、少しでも長く
味わっていたいと思ってしまうくらい
私のお気に入りの場所

左に曲ると、肩に掛けた鞄がドふと鳴る
重い、、

けど、そんなのどうでも

よくなる



そんな眺め

教室のあるB棟から、
図書室とか
特別教室のあるC棟へ続く
渡り廊下。
両側にズラリと、並んだ窓からは
申し訳程度の中庭が覗く

透明な空気に澄んだ廊下は
ほんの数メートルが途方もない
すぅーっとその奥まで
吸い込まれていきたい

奥の階段の上から光がこぼれるのが見える。手前に少しずつ視界を広げると
そこにも、ここにも朝日が光る。
中庭の木々が影を落とす。
柔らかな風に揺れて、
光と影も揺らめき、
くっつき離れをじれったく繰り返す。
まるで木漏れ日が踊る様だと思った。


きっと、、ここは
この渡り廊下はステージなのだ
どこまでも澄んだ
どこまでも透き通った
静かなステージ

この時間だけは彼らが主役だ。
このちっぽけな町の、
そこそこの学校の、
一本の廊下が、
どこよりも輝くステージなのだ
そのステージを毎朝一番の特等席で観られることが、私は何より誇らしい。
この短い短いステージは
私の日々の希望だ。

平凡な私が特別な気がするから。
いや、、いつか特別になれるような
そんな気がするから。

鞄にかけてない方の手を
廊下に向けて伸ばす。

渡り廊下はどこまでも透明で、
廊下の先の階段と私の間の空間は無限のように感じる。
ここに何も無いなんて信じられない。
もしかして、限界まで透明度を高くしたところてんみたいなものがギュッと詰まってるんじゃないか?私がこのまま手で押し込んだら、ギュギュギュッっと細長くなって押し出るんじゃないか。。
そんなどうでも良い期待が
私の中で大きくなって、



私は押した


手は
当たり前に空を切って私は2歩前によろけた。
霧が濃い日に、
ワクワクして遠くから
白くなった道に飛び込んでも、
入ってしまうといやにはっきり見えてしまって
がっかりする様な、、そんな気分。
廊下に入ってみると、そこにあるのはただ空気だけで、でも
いつもよりやっぱり澄んでいる気がして、いつもの状態を空気があるって言うのなら、今は空気が無いってことにしたって良いんじゃないかってくらいに
軽かった。

「あれ…三原さん?」



「…!」

振り返りざまに、
手から滑り落ちた
ローファーのつま先がコツンっと、



硬い音を鳴らした。