「姫さま、朱鳥(あすか)姫さま」

「どこにいるの? 朱鳥」

娘を呼びながら、ここ藤原家の奥方である北の方は、やれやれとため息をつく。

琴の手習いをしていたはずの娘、朱鳥姫が、いつの間にかいなくなり姿を見せない。

「これからお客さまがいらっしゃるというのにもう」

普段あまり動かない北の方は、ぜぇぜぇと息を切らす。
ほんの少し歩いただけだというのに、北の方は自分で探すことを早々にあきらめた。

「とにかく、姫を、探しておくれ」

「はい、わかりました」

わらわらと八方に散る若い女房(女性の使用人)の背中に向けて「頼みましたよ」と声を投げかけ、北の方は困り果てたように頭を抱える。

「大丈夫でございますか?」

女房の長である笹野(ささの)に支えられながら、北の方は嘆いた。

「姫は、もうすぐ二十歳になってしまうというのに、どうしたものか」