蒼絃は知っていたのだ。

何もかも。

知った上で、ことを進めないように朱鳥を隠していた。


「涙と一緒に想い出は流してしまうといい」


――それでも。

それでも私は荘園の君と一緒にいたいです、兄君。

ずっとずっと、好きだったんですもの。

待っていたんだもの。

たとえ、北の方になれなくても、時々しか会えなくても、それでも荘園の君と一緒に生きていけるなら。それだけで幸せなのに。


――どうして駄目なのですか?

その想いが涙になって瞼から溢れ落ちる。

朱鳥の心の叫びは、
蒼絃が奏でる笛の音に乗り、静かに響いてゆく。

牛を引く下人も、道行く人々も、その切なく響く音に心を取られ牛車を振り返る。

ある者は足を止め、ある者は涙を流す。

笛の音は朱鳥の悲しみとともに、霧となって空へと流れていった。