夢だと思いたかった。
疲れの全てを舞のせいにして、今は心の疲れに身をまかせたい。

なのに――。


「朱鳥、悲しい時は我慢せずに泣いたほうがいい」

蒼絃が不意にそんなことを言った。

「え?」


心が傷ついていることを気取られないように、兄の顔を見た時から口元に笑みを浮かべていたのに。


――どうしてそんなことを?


「彼は須和親王だ。朱鳥の手に負える方ではない」


――須和の君?

須和親王は第二皇子である。
東宮は体が弱いこともあるが、聡明で見目麗しいことから須和の君と呼ばれ圧倒的に人気のある親王だ。


「よくて愛妾のひとりだろう。憎悪の対象になるのは目に見えている」