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「はぁ、疲れた…」
ベッドにジャンプして飛び込んで、そしてやっと、今日もらった名刺を落ち着いて眺めてみた。
山神弓弦さん…。
確かに彼は長身で、切れ長の瞳が印象的なとても格好良い人だった…と思う。
艶やかな黒髪で、シワのない高そうなスーツをびしっと着こなしていて。
しかも自分が怪我をしたにも関わらず私の仕事のことを心配してくれるぐらいだから、しゃべり口調は少し乱暴な感じだったけど、根は優しい人のような気がする。
ああ、こんなに素敵な人なら…願わくはもっと違った良い出会い方をしたかった。
(…なんて、ね。石田先輩たちは茶化すけど…怪我させた相手のことをそんな風に考えるのは不謹慎よね…。それより時間はちょっと遅いけど怪我がどうだったか電話してみよう)
名刺には携帯電話の番号が記載されている。業務用だと思うけど、かかってくれば自宅にいても出るだろう。
『…はい、山神ですが』
電話をかけるとすぐにつながった。
「あ、あの!今日の事故の時の…、品田という者ですが…!その後病院には行かれましたか!?」
『ああ、あんたか。こんな時間にわざわざかけてこなくてもよかったのに』
「謝罪は早いほうがいいと山神さんがおっしゃったので…」
そう言うと、電話の向こうでほんの少し笑った気配がした。
『ああ、そういえばそんなことも言ったな。怪我は…薬指の付け根、かすかにだけどヒビが入ってた』
「え!」
『本当に小さいヒビだから、しっかり固定して安静にしてれば二週間ぐらいで治るって。まぁ利き手じゃないしそこまで困ることはないよ。不便なのはキーボードが打てないのと風呂ぐらいかな』
「で、でも二週間って…ああ、本当にごめんなさい」
『そんなに気に病むなよ。正直、俺も歩道に出る時に左右を確認してなかったんだ。それに荷物を抱えてたから、あれがなければバランスを崩してこけることもなかった。全部が全部あんたのせいだとは思ってない』
「でも、その…お忙しいとは思うんですが…休みにどこか喫茶店とかで会えますか?お詫びにお見舞い金と、何かお菓子でも持っていきます…。服も汚れて、クリーニング代もかかるでしょうし。あ、治療費については、あの後保険会社に連絡したので、保険会社から山神さんに直接連絡が行くそうです。細かい手続きとかはそこで確認することになるみたいです…」
『んー、わかった。ひとまず、互いの中間地点ぐらいのところで会うか。あんたん家の最寄り駅は?』
私は自宅近くの駅名を告げた。すると、
『…それって、東央線の…だよな?』
山神さんの声色が変わった。
「はい、何か?」
『うちの隣の駅だ』
何の因果だろうか。細かい番地まで聞いたわけではないけれど、どうやら互いの家は徒歩20分程度の距離しか離れていないらしい。
職場が近いから、使う路線が同じでもおかしくはないけれど…それにしてもすごい偶然だ。ひとまず私たちは、彼の最寄り駅近くの喫茶店で会うことになった。
