「そうだ、今更ですけど山神さんって『CUREチョコ』の開発をしてたんですね。OLに大人気のあの可愛いお菓子を、山神さんが開発してるっていうのが意外でした。山神さんは甘いものとか食べなさそうですし」

「そうだな。この商品の開発チームは女の人が半分以上だからああいうのが作れてるだけで。俺自身あまり菓子は食べない。それに、自分で作っといて言うのもなんだが、何であれがOLに受けてるのかもよくわからない」

「私、春先に『ティラミスショコラ味』食べましたよ。あれ名前も可愛いし、包み紙も可愛いし、ちゃんとティラミスの香りがするし、すごくよかったです。そりゃ流行しますよ!女子のハートをわしづかみにする商品だと思います!」

「……ああ、そういえばあの香りはすごくこだわったぞ。あの香りを表現するために鼻がもげるかってぐらい何度も試作に立ち会ったし、香料メーカーにも何回足を運んだか。開発期間は、もうスーツにも鞄にもティラミスの香りが染みついて、常に自分からティラミス臭がしてた。こんなデカい男からそんな香り、気持ち悪いだろ?」

全身からティラミス臭を漂わせる山神さんを想像して、私は思わず笑ってしまった。

「あ、今俺をバカにしたな」

「だ、だって…。確かにそんな、イメージじゃないんで…おかしくて…」

「今度のチョコミント味の開発中は、さわやかなミント臭だったからよかったんだけどな」

「ふふふ…。ちなみにチョコミントの次の味は決まってるんですか?これから先、冬とか春もきっと限定の味を出しますよね?」

「それは今企画中だから企業秘密。もし開発中の俺に会ったら、香りで当ててみろよ」

「楽しみです」

この案件が終わったら今度こそ山神さんに会うことはないかもしれない。でも、『もし会ったら』と言ってくれたことが嬉しくて、思わず顔が緩んだ。

(甘い香りのする山神さん、見てみたいなぁ…)

想像するとすごくほのぼのする。私と山神さんとの間に流れる空気もどこかほっこりとして、雨宿り中であることを忘れそうになったその瞬間に……突然大きな声が聞こえてきた。


「──ったく、雨のせいで革靴が台無しですよ!もう靴下まで水が染みてる!まだこれ結構新しいやつなんですよ?…はー、部長の人使いの荒さ、恨みますよほんと」

傘を差したサラリーマンの二人組が、大声で話しながら公園に入ってきたのだ。

「!」
人気がなく、雨の音だけが響いていた公園が突然騒がしくなって、私も山神さんも少しビクっとした。急に現実に引き戻された感じだ。

「そう言うなよ。俺だってこの鞄、高かったのにびっしょりだからな。シミになったら嫌だよなぁ…」

二人組は、バチャバチャと水音を立てながら公園を横切っていく。


私と山神さんは急に気まずくなった。
(もう少し二人でいたかったけど…これ以上引き留めるとさすがに迷惑よね…。もう会社に戻ろう)

「あ、あの…雨…まだ止まないですけど、少しマシになりましたね。このぐらいだったら合羽を着れば大丈夫そうなんで…そろそろ戻ります。合羽、ありがたく頂戴しますね」

そう言って、私は羽織っていたバスタオルを取り、代わりに合羽を着ようとした。

「!」

すると、山神さんが慌ててバスタオルをかけ直してきた。

「えっ、なんですか…!?」

びっくりすると、山神さんが目をそらしながら、「…バカ、透けてるぞ。もっとちゃんと拭け…」と言ってきた。

「へ?」

改めてうつむいて自分のブラウスを見ると──
「ああっ!」
濡れたブラウスからは、下に着ている水色のキャミソールが透けていた。山神さんが来てすぐにタオルを巻いたから気づかなかった──。

(み、見られてしまった…!!)

「も、もう少し拭きますね…!」

私は慌てて、山神さんがかけてくれたタオルでもう一度体をふき始める。
私がブラウスをタオルでゴシゴシしている間、山神さんはずっと外を見ていた。律儀だなぁ、とちょっとおかしくなってしまう。

「もう大丈夫ですよね?だいぶ見えなくなりました」と私が言ってやっと彼は恐る恐るこっちを向いた。

「ああ…もう大丈夫だな。じゃ、これで帰れるな?」

「はい。タオルは洗濯して返しますね。わざわざありがとうございました。それに…お見苦しいものをお見せしてすいませんでした…」

「…っ。それはもういいから!」

山神さんが少し顔を赤くする。結構シャイなところもあるみたいだ。なんだか、可愛い。


そして、私は合羽を着て傘を開いた。山神さんも傘を開いて休憩スペースから出る。
雨はもう普通の降り方になっている。山神さんと話せるんだったら、もう少し土砂降りが続いてもよかったのにな…。

「風邪ひかないように、今日は早く帰って風呂に入れよ。本当にあんた、そそっかしいから心配になる」

「さ、さすがにこれで風邪を引いたらお約束すぎるというか…!気を付けます。今日は本当にありがとうございました」

私は山神さんに頭を下げた。山神さんは軽く手を振って、去って行った。


ふと気づくと、あれだけ冷えていた体が、今ではすっかり温まっていた。山神さんを近くで見たり、山神さんとしゃべったりすると、ドキドキして体が熱くなるせいだ。
(あったかい雨に降られたみたいな、不思議な感じ…)