「はぁ…」

私は肩を落とした。すると、今度はなぜか山神さんが慌てだす。

「ああ、悪い、謝るつもりがまたあんたをへこませてしまった…。とにかく本当にその、課長の話を持ち出したこととか、ああいう風に言いたかったんじゃなくて…、今回の件で良い仕事ができてうちの会社に認められたら、課長の評価も上がるだろって…。あんたを後押ししたい気持ち、だったんだ。それがついキツい言葉になって…口下手でごめん。あれは本当に俺が悪かった」

「──後押し…ですか?」

「…島崎ってやつも、生意気だけど…すげー頑張ってるのは伝わってたよ。なんせこないだの会議では目の下のクマがすごかった。遅くまで頑張ったんだなって見ただけでわかったんだよ。ここまでやってくれて素直にありがたいと思ったし」

「山神さん…」

山神さんが申し訳なさそうに言った言葉に、胸がじーんとした。
何より嬉しかったのは、山神さんが島崎くんの頑張りをちゃんとわかってくれていたことだった。やっぱり気にかけている後輩のことを認めてもらえるのは、自分のことのように嬉しい。

「あの、そう、それをわかってほしかったんです!山神さんは島崎くんにも怒ってるのかと思ってたから…。でも私あの日会社に戻ってから、島崎くんのぎっちぎちのスケジュールを見てしまったんです。忙しい彼を私は全然助けてあげられなかったと思って…。先輩としての仕事をこなせなかった私が悪いんです。だから彼を責めないで…責めるなら私を責めてください。できれば、島崎くんの評価を下げないように香川さんたちにもフォローをお願いします」


私はつい興奮して饒舌になってしまう。しばらく山神さんが黙ったので(あ、しゃべりすぎちゃったかな…?)と慌てて口をつぐむ。

「私が悪い、か。あんた、そればっかだな。十分サポートできなかったとはいえ、あの案を作ったのは島崎なんだから、全部あんたのせいってわけじゃないだろ?あんたの謙虚さは嫌いじゃないけどさ、もっと自分に自信を持ってほしいっていうか…」

「す、すみません」

「だから謝るなよ。あー、俺の言い方が悪いのか?なんかあんたを恐縮させてばっかりだな。俺はもっとあんたを元気づけたり応援したりしたいだけなんだが──」

そこまで言って、今度は山神さんが口をつぐんだ。

「え…」

 山神さんを見上げると、また近い距離で目が合った。

「……あー、いや、その…」

 山神さんは顔を赤くして、慌てて目をそらす。なんだか目が泳いでいる。

(山神さん…?)

「まぁ、なんだ。あんたが落ち込んでる姿ばっか見てたからさ。レンタル彼女の時みたいなニコニコ顔が懐かしくなっただけだ。とにかく、あんたを責めるつもりはないから、元気出せよ」

「わ、わかりました…」

「…そうだ、それともう一つ言っておく。今回の案件、色々迷走してるように感じるかもしれないけど…正直、香川はいつもあんな感じだ。相手があんたらと違う会社の奴でも誰でも。そっちの進行が特別悪いってわけじゃないんだよ」

「…そうなんですか?」

「俺も何度か香川・谷本ペアと仕事したことがあるんだけど、いつも調査票がまとまらなくて苦労するんだ。だけど開発担当の俺が正面切って口を出しても”開発は黙ってろ”って目で見られるからな」
「なるほど…そういうことだったんですね…」

だから山神さんも、会議中はあまり強く発言しないんだなと思った。色々言いたそうに眉間にしわを寄せたりそわそわしたりしていることもあるけれど、山神さんも、あと仁科さんも必要最低限しか発言しないのだ。山神さんが会議で言えなかったことを赤入れでフォローしてくれたのもこのためだったのか。あくまで、マーケティング担当の香川さんと谷本さんの意見を重視しないといけないのだ。

「ただ、香川がああしたいこうしたいってまとまらなくなるのは、熱意があるからなんだ。だからあまり嫌いにはならないでやってくれ。俺も別に香川のことを嫌ってるわけじゃない。…強いて言えば谷本にはもっとしっかりしてほしいんだけどな。あのオッサン、自分より年下の女の子に強く言えないんだよ。…まあそんな調子だから、別にあんたたちが仕事できないってわけではないんだ。ただ…今回成功したら、次からまたあんたたちに頼むことになるだろ。そうしたら、また一緒に仕事ができる…。他社のよく知らないやつより、よく知ってるあんたが相手ならやりやすい。だから…この案件を成功させたい」

「はい…」

「言葉はきつくなってしまったけど、本当にあんたらのことは応援してるから。だから…次からもよろしく頼むな」


ああ。
やっぱり山神さんはこういう人だ。いつもは多くを話さないしちょっと言葉がきついときもあるけれど、ちゃんと話をきけば、いろんなことを考えていて…私のことも、島崎くんのことも気にかけてくれている…。それに、人のことを悪く言ったりもしないし…。

「…私も、成功させたいです。頑張ります」

この案件を成功させたい。
山神さんともっと一緒に仕事がしたい…そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。