「………」
「………」
走り出したタクシーの中で、沈黙が落ちる。

「…もう会うことはないって言ったの山神さんじゃないですか」

「電話をかけてきたのはあんただろ?」

「……」
返す言葉もない。

「結婚願望のない人が女性に優しくしてはいけません」

「なんだそれは」

「そもそも私、山神さんには…お友達にすらなりたくないって言われてるのに…。急に優しくされると混乱するので、やめてください」

「あー…あれな…」
山神さんは少し気まずそうな顔になって、頭をぽりぽりと掻いた。

「だってあんた、あんだけ目を輝かせて結婚したそうにしてたんだからさ、俺にかまってる暇あるなら他の男んとこ行ったほうがいいよって言いたかっただけで、別にあんたのことを嫌ってるとかじゃないぞ?」

「それでも、あんなキツい言い方しなくたって…!」

「…傷つけたなら悪かったよ。とっさに上手い返しが浮かばなかったんだ。期待させるようなこと言うわけにもいかなかったしさ。言葉選びミスっちまったけど、あんたに何か悪いところがあったわけじゃないから、落ち込んだりするなよ」

「………」
私は意地になって、それからしばらく黙っていた。山神さんもそれ以上何も言わず、窓の外の景色を見たりしてぼんやりしていた。けれどやっぱりこの沈黙は気まずい。私はとうとう耐えかねて、自分から口を開いてしまった。

「…私、今日、上司にこの仕事向いてないって言われちゃいました」

「…ふうん」

気のない返事だ。私はかまわず続けた。

「好きでやってる仕事だったのに、これまで頑張ってきたことがすべて否定されたような気がして、耐えられませんでした」

「……」

「どうしてもあの課長と馬が合わないけど、でも入社してからずっと今の部署なんで異動することも考えられなくて。今の私じゃ…どこの部署に行っても足手まといになりそうだし…。かといってこの部署にいたらずっとあの課長と付き合わなきゃいけないし…どうしたらいいか、わからなくなって」

私はひざをぎゅっと握りしめ、
「私、仕事辞めたほうがいいのかな」
ぽつりとそんなことを言ってしまった。