「さっきの電話の時、ちょうど会社を出るところだったから。あんたがいる場所なんて見当もつかなかったけど、あんたの会社ってこの近くだろ?それに、外からかけてるっぽかったから、一応この公園を通ってみただけ。帰り道だし、会えなきゃそのまま帰るつもりだったけど」

「や、そうじゃなくて、その…ま、間違い電話って言ったじゃないですか…」

「そう言われても、電話口でグズグズ泣いてたらさすがに心配するだろ、普通」

「……!ば、バレてました…?」

「あんたからの着信で、なんか用事でもあるのかと思って電話に出たら、『ヒックヒック、鼻ズビー』だぞ。何事かと思うだろうが」

(やっぱり鼻をかむ音まで聞かれてる…!)
私は耳まで真っ赤になっているに違いない。夜の公園だからはっきりとは見えていないだろうけど、本当にこんなひどい顔見せられたものではない。

「ち、ちょっと仕事で嫌なことがあって落ち込んでただけなんです。でもほら、よくあることですから…!この顔で電車に乗るのが恥ずかしいので私はもう少しここにいます!どうぞお気になさらずお帰りください!」

「夜の公園で女が一人泣いてたら危ないだろ。この辺はオフィス街だから人通りも少ないし、遅い時間になると接待帰りの酔っ払いがウロウロしてるし。俺が帰った後であんたが変な奴に襲われでもしたら後味が悪い」

そう言って、山神さんは「ほら、帰るぞ」と私の手首を軽くひっぱった。
(ち、ちょっと…!)
私は焦った。

「最近暑くなったけどさ、夜はまだ風も冷たいしいつまでもこんなところにいたら風邪ひく──」

「大丈夫ですから!一人で帰れます!離してくださいっ」

私は全力で抵抗したけれど、彼の腕の力が強くて引きはがせない。

「おいおい、こんなところでまた例の頑固モードを発動するな。俺があんたを誘拐しようとしてるみたいじゃないか…」

幸い周囲に人はいなかったけれど、確かにこの状況では彼が女性を襲っている不審者のように見えるだろう。けれど私も譲るわけにはいかない。このまま明るいところに出たらこのひどい顔を彼に晒すことになってしまう…!

「電車に乗りたくないんですってば!」

「…じゃあタクシー乗る。どうせ俺たち家近いんだ。あんたはその顔で電車に乗らずに済んで、俺もちょうど仕事で疲れてたから、車の中で休めて一石二鳥」

「い、いいですってば、そんな…」

「行くぞ」

ぐいっと強い力で引っ張られて、とうとう私はベンチから立ち上がってしまった。

「ち、ちょっと…!山神さんってば…!」

山神さんに掴まれた部分が、熱い。しかしドキドキしている余裕もなく、彼はずんずん進んでいく。そして公園の前の道路に出て彼が手を挙げると、タクシーは簡単につかまった。

「俺のほうが先に降りるから、あんたは奥に行け」

私を乱暴にタクシーに押し込み、彼は運転手に行き先を告げた。