(山神さん…)
優しい山神さんだったら、なんて励ましてくれるだろうか。
…いや、実際は冷たい男のはずなのだ。“二度と会うこともない”と言い放ったあれが本当の姿なのだとしたら、私を励ましてくれるわけもない。「自業自得」とか、冷たく言われて終わりだろう。
「うっ…ううう」
鼻水が出てきたので、私は右手に持ったハンカチで思いっきり鼻をかんだ。涙と鼻水でハンカチがぐちゃぐちゃだ。もうこんなハンカチも捨ててしまいたい。
そうして鼻をぐずぐずさせながら、しばらくしゃくりあげていると…
『…もしもし?』
(え?)
『これ何の電話?』
どこかで聞いたことのある声が、私の左手から聞こえる……。
「─────!!!!」
見ると、左手に持った携帯電話の画面が通話中になっている!
(えっ?なんで?これ誰にかかってるの!?)
当然、私は混乱した。先ほど左手に携帯電話、右手にハンカチで鼻水をぬぐっている時に、指が触れて通話ボタンを押してしまったらしい。鼻をかむ音で電話がかかっている音にも気づけなかった。
直前まで開いていた通話履歴って──まさか。
「まさか…山神さん?」
『そうだけど…。まだ何か用?保険の書類に不備とかあったか?』
「ご、ご、ご、ごごめんなさい!誤タップです!!!!」
『は?』
私はそう言って、震える手で通話を切った。
「………」
最悪だ。
私は頭を抱えた。
どう考えても、大きく鼻をかんだ音は聞かれていただろう。
いきなり電話をかけてきて、鼻をかんで、誤タップですといって電話をブツ切りする女。
(最悪すぎる…)
もう今更山神さんと何かが起こるなんて期待はしていない。彼の電話番号も、名刺に載っていた業務用ものしか知らないし登録もしていない。
だけど最後の最後に、こんな形で淡い思い出が汚されて終わるとは。泣きっ面に蜂とはこのことだ。私の心はますます沈んでいく。
