結婚願望のない男


辺りはすっかり暗くなっていた。
私は人気のない公園のベンチに座り、ハンカチで目を覆ってしばらくうずくまっていた。

(この部署に向いてない──)

マーケティングの仕事には、就職活動のころから憧れていた。中でもうちの会社はまさにそれを専門としていて、メーカーやマスコミからの発注を受けて、商品PRのプランニングや効果分析を行っている。
私はゼロから新商品を生み出すような企画力も、商品を売り込む営業力もないけれど、数字を読み取って、今どうなっていてこれからどうすべきか、いろんな人と協力して戦略を作っていくことが楽しいと思うし、特別な才能のない自分が人の役に立てる数少ない分野だと思っていた。だから、きついことも多いけど私は今の仕事が好きだし、一生懸命やってきたつもりだ。

…けれどそれが向いていない、となると…私はなんのためにこの会社にいるのだろうか。自分で気づいていなかっただけで、私は今まで、周囲の足を引っ張り続けていたのだろうか。石田先輩をはじめとした先輩方にたくさん教わって一人前になって、ようやく後輩の育成まで任されるようになったと思っていたのに…。

「うー…」

島崎くんの言うように、課長は私に特別当たりが強い。昨年の春に今の課長が来るまでは、多少のミスはあってもここまで叱られることはなかった。入社以来、この仕事に向いてないなんて言われたこともなかった。
だけど…課長だって何もないのに私を叱るわけじゃない。きっかけを作っているのは私なのだから、やっぱり悪いのは私だ。ほかでもない私なんだ…。
私の心はすっかり参ってしまったらしい。今日のことだけでなく、これまでにも怒られたことやミスしたことが次々と頭に浮かんできて、止まらない。…このままじゃいつまでたっても泣き止めなくて、電車に乗れない。

(誰か…誰でもいいから助けてほしい)

私は携帯電話を取り出していた。
誰に電話をかけようか。
石田先輩と島崎くんがまず浮かぶけれど、昨日夜遅くまで私に付き合ってくれたばかりだ。

(あの二人だって忙しいのにわざわざ私に付き合ってくれた…。それが昨日の今日でこれだもん、さすがの彼らもあきれているかも…)

そう考えると、とても彼らに連絡しようという気が起きなかった。とすると同期か、それとも大学からずっと仲良しの友達か…。

なんとなく、着信履歴を開いてみた。
すると…
一番新しい着信は、山神さんだった。