結婚願望のない男


「方便じゃなくて本気で言ってたんだとしても…やっぱりいるんですかね、本気で結婚したくない男って。モテない男のひがみじゃなくて、モテそうな男がそう言うのってなんか不思議です。過去によほどひどい失恋でもしたんですかね?」
島崎くんは私の頭をぽんぽん叩いてなだめながら、首をかしげた。

「島崎くんの言う通り、もしかしたら恋愛のトラウマがあるのかもね…。私、彼の前で『結婚したらにぎやかな家庭にしたい』って夢を語っちゃったの。ほら、うちは家族仲良くてパーティー好きだからさ…。でもその話をしたら、山神さんがスーッと冷めていった気がしたんだよね。山神さんのお母さんは楽しそうに話を聞いてくれたけど、山神さんはそういうのに全然関心がないっていうか、むしろ引いてたみたいだった」

「にぎやかな家庭にしたい、って…普通の女の子の普通の夢ですよねぇ、何もおかしくないと思いますけど」

「でも、それを聞いたうえで『結婚願望がない』って断言するぐらいだから、もう私を完全に拒絶してるよね、これ…。ねぇ、一体これはどういう男心なの?教えてよぉ島崎くん~…」
私は島崎くんにぐいぐい迫り、彼は困った表情だ。

「僕にはその山神って人の気持ちはわかりませんよ…。なんせ、僕は結婚願望ある男ですから。だって、老後一緒に散歩してくれる奥さんや子どもがいないと寂しいだろうし、食事とか旅行とか、家族で行くのって楽しいと思うし。僕は普通に、品田さんの言うにぎやかな家庭、あこがれますよ。品田さん家みたいに、子供が二人にペットが一匹って最高じゃないですか。とくに子供が姉妹だったら父親としては超最高だな~、自分の娘ってめちゃくちゃ可愛いだろうし!」

「あんたは女好きだから、女の子が生まれたら相当な親バカになりそうね」

「石田さん!?女好きは余計です!石田さんは僕をチャラいと思ってるみたいですけど、誤解ですからね?僕こう見えても一途なんですよ?」

「どうだか」
石田先輩は、必死に反論する島崎くんを実に楽しそうにからかっている。

「入社早々、同期の女の子の4人中2人に惚れられた、サークルクラッシャーならぬ同期クラッシャーのくせに」

「あー!その話はやめてください!トラウマなんですから!というか僕、本当に何もしてないんですよ!知らない間に惚れられてて知らない間に女の子たちが険悪になっていただけで…!」

私も身震いして茶化してみせる。

「ああ、恐ろしい…。その話を初めて聞いた時、私は島崎くんの代じゃなくて本当に良かったと思ったもん。その4人の女の子、完全に2対2に分裂しちゃったんだよね。同期でドロドロなんて嫌~!山神さんのように冷たい男も問題だけど、島崎くんのように誰にでも優しくする男も問題ですよね、石田先輩?」

「品田さんまで!」

「そ。何事もほどほどが一番ってね。どっちにしろ、山神って奴は勇気を出して声をかけてきた女の子にそんな冷たい言葉を浴びせるんだもの、ろくな男じゃなかったのよ。モテるが故に色々あったのかもしれないけど、そんなのこっちは知ったこっちゃないし。もうあんな男のことはさっさと忘れましょ」
石田先輩も私の頭をなでなでしながら言った。二人に頭をいじられて、おそらく私の髪はボサボサになっているだろう。

「ほら島崎もグラスが空いてる!次何飲む?」

「あ、えーと…じゃあ次はハイボールにしようかな…。あと、つくね食べたいんですけど」

「つくね?オッケー!じゃあそれも!」


(二人の言う通り、もう山神さんのことは忘れよう。根は優しい人だと思うけれど…私とは合わなかったんだよね、きっと。気持ちを切り替えなきゃ)
私は、一瞬火が灯りかけたこの儚い恋を忘れようと、とにかくお腹がパンパンになるまでアルコールを飲み、焼き鳥を食べ続けた。

『品田遥を励ます会』は、こんな調子で終電まで続いた。