「でも遥さんは結婚願望あるわよねぇ?年齢も弓弦とそんなに変わらないでしょう?女の子ならそろそろ…考え始めるころよね」

「け、結婚願望はありますよ。うちは父と母と妹と、あとウサギが一羽いるんです。ここのお家みたいに広くなくていつも部屋が散らかっててうるさい一家なんですけど…。クリスマスのようなイベントとか、誰かの誕生日では必ず一家でケーキを囲んで部屋を飾って記念撮影をして…にぎやかにパーティーをやるんです。これが我が家のルールなんです」

「まぁ、素敵ね」

「ありがとうございます。にぎやかさだけはどこにも負けない自信がありますよ。…けど就職して一人暮らしを始めてからは、なかなか実家に戻る時間が取れなくて…。今はそういうワイワイしたものから遠ざかってるので、ちょっと寂しいんです。だから、早く結婚して自分の家族が欲しいなって思いますし、結婚しても絶対にぎやかで明るい家庭にしたいって思ってます。家族の誕生日には絶対パーティーする家庭!これが私の夢です」
私は思わず本音を熱く語っていた。

「………」

「…そうなのねぇ」
お母さんは目を細めて、おそらく私の家族を想像して、眩しそうな表情をした。山神さんは黙っている。

「それに、妹は年が5つ下なので、私は昔からずっと妹の面倒を見てきたんです。だから子供の世話も好きで、結婚するからには子供も…」


…と、そこまで言ってハッとした。これでは本当に婚約の挨拶みたいじゃないか。さすがに気恥ずかしくなってきて、私はそれ以上言うのをやめた。心なしか山神さんも不機嫌になっている気がする。
(そ、そうよね。あんまりここで盛り上げちゃうと、後で別れたって言いづらくなるし…!言い過ぎちゃったな…)

「ってごめんなさい、私もちょっと気が早かったみたいです。まだまだ仕事が半人前なので、結婚は当分考えてません。でも、いつかはしたいですね」と、私は何とか結婚や家族に関する話を終わらせた。


話題は再び山神さんの幼少期の話に移り、私たちはしばらく山神一家の思い出話を楽しんだ。そうして、日も暮れてきたので、お母さんが料理を出すために席をはずした。手伝いはいらないというので私と山神さんが居間に残される。

山神さんと二人きりになって、リビングは急に静かになった。山神さんはまだ不機嫌そうな顔をしている。またしてもこの、気まずい沈黙。

「…少し調子に乗ってしゃべりすぎちゃったかな。ごめんなさい」

「気にするな。母さんは上機嫌だし、これで目標は達成した。しばらくしたらあんたが遠方に転勤になったことにして、そのうち別れたと言う。これで十分だろう」

「うん…」
こんなに盛り上がったのに、私たちは別れたことになって、すべて無かったことになってしまうんだと思うと少し寂しい気がした。


そのまま会話は途切れ、黙って二人で待っているとお母さんができたての料理を運んできた。私と山神さんも二人で食器を並べたり、水とコップを用意したりと少しだけお手伝いをした。
山神さんのお母さんは「久々だから朝から気合い入れて準備してたのよ。ホラ、弓弦の好きなチーズハンバーグ」とホクホク顔で言う。

「…ふふふ、可愛い食べ物が好きなのね。カフェオレは子供の飲み物だと言ってたくせにね~」

「遥、それよほど根に持ってるんだな…!母さんも、もう子供じゃないんだからさぁ…。それにこの量食べきれるかな」

メインのハンバーグのほかにも、ブレンダーを使って一から作ったというカボチャのスープに、具だくさんの彩り豊かなサラダが並ぶ。食後にはカップケーキも焼いてくれるそうだ。

「もうずっと食事は一人だから、普段はちょっとの量しか作らなくて。久々にたくさん作れて楽しかったわ」

この満面の笑顔を見て、彼女が本当に楽しく料理を作ったんだろうなぁとしみじみ思う。
(山神さんのお父さんは単身赴任中だもんね。こんなに広いお屋敷に一人って寂しいだろうなぁ。ほんと、山神さんは早く結婚してお母さんを安心させてあげればいいのに…)
食事をしながら、そんな風に思う。

素敵なお母さんに素敵なお家。未来の山神さんのお嫁さんが羨ましくなってしまうぐらい、私は彼の実家で素敵な時間を過ごさせてもらったのだった。