「私は、そんな…弓弦さんみたいにできた子供じゃなかったです…。男の子とケンカして泣かせちゃったり…自転車で派手にこけて、顎の下を切って大量出血したり…やんちゃなエピソードのほうが多いような…」

「なんか、想像がつくな」

「ちょっと弓弦。どういう意味?」
私は軽く彼を睨む。

「それにどちらかというと周囲に優しくしてもらってばかりで、周りの人たちに比べると、自分の優しさなんて大したことないかも、って思ってしまいます…」

「あら、そうなの?」

「今もそうなんですけど…仕事で上司に怒られるたびにこう…周囲の人たちにお菓子を恵んでもらってばかりいます。黙っててもなぜかお菓子を恵んでもらえるのは、ある意味長所かもしれませんが…」

そう答えると、「ふっ。なんだよそれ」と山神さんが吹き出した。
(あ…)
山神さんの満面の笑みを見たのは初めてだ。
(…こんな風に、笑うんだ)
きつめの目元がゆるんで、ふわっと笑うその顔はなんだかとても可愛かった。それこそ、彼の少年時代を彷彿とさせるような、屈託のない笑顔。

「きっと職場で愛されてるのね、遥さんは」

「あ、そ、そんなつもりで言ったんじゃないんですが…!そう、なのかな?愛されてるのかな。とにかく、私は優しい人に恵まれてばかりで。弓弦さんみたいに自慢できるようなエピソードは…」

私がもじもじしていると、「安心しろ。周囲から優しくされてるってことは、あんたも知らないうちに周囲に優しくしてるんだよ」と山神さんは柔らかい声でそう言った。

「弓弦…」
思わぬフォローに、つい山神さんの顔をまじまじと見てしまう。そんな捉え方もあるのか。自分は山神さんのようなできた人間ではないと思うけれど、そんな私も誰かに優しくできているのだろうか。

「そうよ、きっと。周囲の人に愛されるあなたなら、結婚してもいいお嫁さんになりそう。楽しみだわぁ」
山神さんのお母さんの発言に、私も山神さんもドキッとした。

「母さん!また余計なことを…。俺たちまだ付き合って三か月だから。気が早い!」

お母さんは、私たちが結婚前提のつもりで来ていると思っているらしい。まぁ、28歳と26歳という、私たちの年齢を考えるとそう思うのも無理はないけれど。