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それから一週間後、ついにレンタル彼女として始動する日が来た。
ネットで調べた“彼ママ受けの良い”とされる清楚な感じの水色のワンピースを身に着け、化粧は控えめに。
(緊張するけど、今後彼氏ができて彼ママに挨拶しに行くことがあるかもしれないし…、予行演習と思うことにしよう)
今日は山神さん家の最寄り駅の改札で15時に待ち合わせ。それから1時間ちょっとかけて彼の実家に行き、向こうで晩御飯をいただいて帰るというスケジュールだ。
「よお」
山神さんが現れた。
(やっぱり格好いい…。モデル体型うらやましいなぁ…)
今日の山神さんはTシャツに黒のパンツというラフなファッションだったけど、やっぱりスタイルが良いから上手く着こなしている感じがする。そこまで服にお金をかけるタイプではないみたいだけれど、何を着ても格好よくてうらやましい。
「ほい手土産。二人で相談して買ったってことにして。母さんの好きな煎餅が入ってる」
「ありがとうございます」と返事をすると、彼は眉間にしわを寄せて「…今日は敬語は無しって言ったろ」と言った。
「そ…うだったわね!えーっと、よろしく、弓弦…」
照れながら彼の名を呼ぶと、彼も「よろしく…。遥」と消え入りそうな小さい声で私の名前を呼び返してきた。
言い出しっぺのくせに、彼もちょっと照れている。
打ち合わせで、当日はもちろん会話はため口、互いを名前で呼び合うことにしようと決めていた。とはいえ、付き合ってもいない男の人と名前で呼び合うというのは…実際やってみると、想像していたよりかなり気恥ずかしい。
「ゆ、弓弦くん、って“くん付け”したほうがいいかな…?」
「今更変えなくていい!余計混乱する」
そう言って山神さんはさっさと改札を通っていく。私はあわてて追いかけた。
電車にずいぶん長いこと揺られていた。都心から離れていき、電車は人が降りてどんどん空いていく。
座席が空いたので私と山神さんは隣に座った。けれど特段会話があるわけでもなく、私たちはしばらく黙って車窓を眺めた。
「私、神奈川って江ノ島と横浜しか行ったことないのよね。でもこの辺は落ち着いていてよさそうなところだね。この辺に楽しめそうなスポットはある?」
「別に観光で来るようなところじゃないよ。俺の実家のあたりもただの住宅街で何もないし」
「そ、そう…」
彼はそう言って会話を終わらせてしまう。相変わらず会話はあまり盛り上がらない。
…でも、彼は携帯電話はいじらずにぼんやりと外の景色を眺めている。話しかけるなオーラは出ていないような気がする。
最初に『さぼてん』で会った時は沈黙が気まずかったけれど、レンタル彼女をやるにあたって色々話していると、彼が無言でも別に怒っていたり機嫌が悪かったりしているわけではないとわかった。
だから今は会話が途切れたら途切れたで、あまり気にしなくなった。私はだいぶ山神さんという人のことがわかってきたみたいだ。
