私side

月が綺麗な夜でした

うざったいくらいの、生ぬるいそよ風に、似ても似つかない心臓の鼓動が気持ちを高ぶらせていた

隣に並んだ貴方は、涼し気な表情で前だけを見ている

貴方を見ていると、心が押し潰されそうで、息が出来なくなるくらい心拍数が上がっちゃうから、私はあえて貴方を眺めなかった

雑談だけが、二人っきりの夜道に色を添えてくれる

貴方もさほど苦痛じゃなかったかな、なんて他人事のように考えた

この時も私は貴方を利用していた

二人っきり、夜道、月明かり、雰囲気、言葉、隠れた表情。

これだけ条件が揃えば、私がなにかしでかす事ぐらい分かってた

ちゃんと分かってたのに、私は貴方に触れたかった。長く話していたかった。

だからこの時の責任は全て私にある

私が弱いから、私が子供だから、無関係で無防備な貴方を汚すことになってしまった

「キスしたいなー」

こう言えば、雰囲気に呑まれている貴方が奥手になるのは分かってた

「…したい?」

夜目が効く私には、意地悪に微笑む貴方の表情が綺麗に読み取れた

「うん…。したい」

貴方の目を真っ直ぐ見つめ、真剣な顔で呟いた

貴方はどう出るか

きっと、断れない貴方は了承を出してしまうでしょう

「なら、今ここでシて」

貴方はまたさっきと同じ表情

泳いでいる目

困惑している事ぐらい、固まった表情ですぐに分かった

困惑、焦り、動揺。

これが指す意味ぐらい、私にだって分かる


貴方がキスを望んでいないってこと。

「分かった」

利用したんだよ。

貴方の「キスをしたいわけではない」

この気持ちに気付いていたのに、私は気付かないふりをした

自転車のスタンドに足をかけ、俯いた瞬間表情を崩す

私の「嬉しそうな無邪気な笑顔」を崩した、唯一の本心の表情だった

自分の頬の動きで意識せずとも分かってしまう

私は迷っていた

貴方をこのまま捕らえてしまっていいのか。

私はまた同じ過ちを繰り返してしまうのか

その顔は、ひどくやつれ拙い表情だったと思う

顔を上げた私は、また笑ってみせる

貴方にキスをすることを「遊びの一環」として考えている

そんな馬鹿みたいな笑顔を演じた

「ふふー!やったぁ!」

声色を変えるのは得意なんだ

この晩の、月明かり、月光、街灯の数に私は助けられた

貴方はきっとこの暗さで私の顔が見えていなかったでしょう

明るければ、表情を変えるのが苦手な私は、表情を読み取るのが得意な貴方にすぐ見抜かれていただろうから。


首に手を回す

下唇の下に、軽く口付けをした

いいの?止めなくて。

私なりの最後の確認だった。

顔が離れ、しばしの沈黙が続く

yesもnoも示さぬ貴方は、私の汚い感情の着火剤となった。

もういいや、どうにでもなれ。

今思えば自暴自棄になっていた


貴方の表情、匂い、息

全てが私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱した。

もう私自身、自分を止められなくなり貴方の顔を抱き寄せ、軽い口付けをする

今自分がなにをしてるのか、なにをしでかしてるのか、貴方の表情は、私は今。

何も考えられなくなって、堪えていた感情を吐き出すように何度も何度も唇を交わす

優しくしようと思っていた数分前の自分はご不在で、荒々しく私の感情をぶつけるように、貴方を求めた

貴方の瞳は至極冷たくて、何を考えているのか、何を感じているのか私をじっと見つめている

涙が溢れそうになった

きっと今日限りでしょう

今日で全てが終わる。終わらせなければいけない

それなのに、何故貴方はそんな顔で私を見るんですか

一度離れた

キスに慣れていない人にとって、長時間のキスは苦痛にすぎないだろうから

「もう一回シていい?」

なんて、馬鹿みたいな質問

貴方の反応を伺う前に体が動いている

今度は、ひとつひとつを味わうように。

貴方を唇で感じられるように。

ゆっくりと堪能した。

「貴方からシてよ」

馬鹿じゃない?って辛味の強い言葉が投げ捨てられると思っていた私は

「1回だけね」

という惑わしを逃しそうになった

あーこれはかなり酔ってるね。
雰囲気に流されやすい貴方だからかな。
頬はほんのり紅潮しているように見えた

と他人事を呟いてみる


貴方からのファーストキスは小鳥のように、ついばむような軽さで終わった

本当に、びっくりするほど呆気なかった

もうこの頃は表情の演技が崩れ、色んな感情がいき混じった固い表情になっていたと思う

「最後に、だめ?」

何度目かのおねだり。

貴方は首を縦に振らない

「最後にする。だから」

貴方の頬を抱いた

また色んな気持ちが雪崩のように流れ込んできて、荒々しくなってしまう

舌が貴方の唇を往復する

割れ目に舌を這わせ、キュッと閉じた唇に少し笑ってしまった

ディープキスなんて、絶対知らないと思っていたのに、明らかにそれは舌の侵入を拒むものだったから。

一度離れた

月光が貴方の後ろを照らす

ライトアップされない位置

ライトアップされてはいけない行為

また唇を寄せた

貴方の瞼がゆっくりと閉ざされるのが最後に垣間見えた。