私は泣き笑いをしながら、専務に頭を下げた。
そして、上着のポケットからスマホを取り出す。
「これ…
ここに置いて行きます。
凛様への想いを断ち切るには、このスマホは邪魔になるので…
そして、私の方からも、皆さまに伝言してもらっていいですか?
ここの家の人達皆が大好きでした。
楽しかった思い出しかありません。
この家で過ごせた九か月余りは、私にとって一生の宝物です。
本当にありがとうございました…」
専務は切なそうに笑ってくれた。
この言葉に嘘はない。
本当に本当に皆が大好きだったし、ここでの生活は本当に楽しかった。
トランクに荷物を詰め、後の物は実家に送ってもらう手続きをした。
夜中の11時、終電に間に合うように、私は静寂の中、斉木家を後にする。
頭の中を真っ白にして、駅までの道のりを歩いた。
何か考え出したら、きっと前へ進めない。
一途に私を愛してくれた凛様を裏切った罪に、体が動かなくなる。
でも、トランクを引く音が、凛様との出会いの場面を甦らせた。



