桜の花弁がハラハラ散る。
少年にそれだけ伝えると、老人は、桜の木と共に消えてしまった。
後には暖かさだけが残る。
少年の隣には、柔らかな春の日差しを折り込んだ着物を纏う女が立っていた。
少年は、しばらく寂しそうな様子で、老人と桜の木が消えていった場所を見ていた。…が、頭を振ると女の方へ手を差し延べる。
女はふわっと笑うと嬉しげに少年の手を取った。
少年は言う。
「…俺、おじいちゃん、すっごく好きだったんだ…」
女はうなずく。
「彼は居なくなったんじゃないわ。自分の役目に戻っただけなのよ」
「うん。だけどさ、俺、ここに来たらおじいちゃんと暮らせるって思っていたんだぜ?」
 女は困った様に笑う。
「…仕方は無いわ。彼には彼のする事があるのですもの」
「分かっているよ。…でも、いつかまた会えるかなぁ…」
 女は屈む様にして、少年の顔を覗き込むとウインクして見せた。
「…では、貴方がお爺様に会っても可笑しくない立派な大人に成長したときに、私がご案内いたしましょう」
 女は先程少年が開け放った扉のノブに手をかけ、少年を家の中へ誘う。
「本当?」
「ええ。何故なら貴方は彼と同じくこの“家”に選ばれた人なのですから。さあ、お昼にしましょう。お腹すいたでしょう?」
少年は照れながらうなずくと足早に家の中へ入っていった。
女はそれを可笑しそうに見やりながら扉を閉めた。閉める前に、ちょっとだけ、外を伺う。
そこには、消えたはずの老人と、もう一人別な女の人が寄り添う様にして立っていた。
微笑ましげにその光景を見やり、女はゆっくり、ゆっくり扉を閉めた。