「…どうして…」
震える声は、それだけしか言葉を型取ってくれなかった。
(どうして、今まで気付かなかったんだ?)
その桜の木の下に、探していたミツルギ老人が立っていた。その隣に、見たことの無い女が一人立っている。
ミツルギ老人は、トニーが家を出てきた事に気付くと、笑みを浮かべながら手招いた。
「…おじいちゃん…」
 ミツルギ老人は隣の女性を示し笑んだ。
「…お前の母さんの従兄弟だよ?」
青光りするような見事な黒髪を緩く背に流したその女性は、淡く微笑んだ。
トニーの母親“早苗”は従順で静かな人であったが、とても美しい人だった。
 トニーの父は、海外出張先で早苗を見初めたのである。
「…初めてだっただろう?彼女に会うのは」
 ミツルギ老人はクスクス笑う。
「…見とれたか?確かに“早夜”は綺麗だものなぁ」
 トニーはカアーッと頬を染めて俯いた。そして“オヤッ”と思う。
「おじいちゃん…それって…おとぎ話じゃあなかったの?」
「おとぎ話さ。とっときのね」
そういって、早夜にミツルギ老人は視線を移した。
早夜は笑むとゆっくりうなずく。
「…私は、貴方のためにここへ来たの。
 これから“貴方自身のおとぎ話を作るために”」
 ミツルギ老人は首からかけていた不思議な形をした玉を先端に付けている首飾りをトニー=マクラーレンに渡した。
「回りを良く見渡してごらん?そして、不思議を見つけてみよう。この首飾りは“彼ら”との友好の印。誰も知らない世界への扉を開く“鍵”だ」
ミツルギ老人はそういってトニーの頭を撫でた。
「…この鍵がいらなくなったらこの家にそれを置いて、扉を閉めるがいい。憂いは何もないのだから……」