“カタン”
木の椅子が揺れて、小さな音を発てた。
トニーは我に返ると目の前のミツルギ老人の方へ視線を向けたが、そこには老人の姿が見えない。
「…おじいちゃん?」
 慌てて辺りを探したが、ミツルギ老人の姿は何処にも見受けられなかった。
「おじいちゃん…おじいちゃん!」
必死になって家の中を駆け回る。しかし何処にもその姿を見つけ出す事が出来ず、トニーは半分泣きそうだった。
そんな時、外からこの国では嗅いだ事の無い花の香りが漂ってくるのに気付き、顔をそちらの方へ向ける。
扉が少し空いているのを目に止めると、慌ててその扉のノブを回した。
目に飛び込んで来たのは、霞む雲の様な満開の桜。
樹齢何百年か判らないほどの立派なその桜の巨木が、そびえ立っていたのだ。
トニーは呆然とした様子で立ち尽くした。
ミツルギ老人の家を尋ねて来たのは今日が初めてだった訳ではない。今まで何度もあるのだ。
しかし、この桜の木の存在は今の今まで覚えが無かった。
こんなに見事な花を咲かせる桜の巨木なのに…