ここが都内23区にあるとは思えない、というのが訪れる患者たちのほとんどが最初に抱く印象だった。
 周囲を背の高い木々がまるで十階建ての建物を出来るだけ隠そうとするかのように取り囲んでいる。建物に続く道は夏でもかなり気温が低く、木陰で涼みに訪れる患者以外の人間もいる。
 白鷹大学病院の敷地面積はとにかく広い。十階建ての本館、高度医療救命救急センターを始め、小児医療センター、脊髄病センターなど、日本でも有数の医療設備を完備している。
 一日に訪れる平均患者数は千人を余裕で超し、入院用のベット数千床と、働く人間たちを入れると、昼間はこの敷地内に五千人近くがいる計算になる。
 その敷地の一番南側の端にある女子独身寮には、緊急で出勤する必要がある部署の者たちが住んでいる。

 寮から職場までは徒歩五分。同じ敷地内にある割には微妙に遠いと美鈴は思う。でも白衣で行き帰り出来る楽チンさは寮生ならではだし、もう私服での通勤なんて考えられない。
 「おはようございまーす」
 ロッカールームの扉を開けると、美鈴の声にその場にいた三人は一斉に振り向いた。
 「何かあの人知ってる」
 「確かに。見たことあるね」
 「整形のナースじゃなかったっけ?」
 よく知る者たちからの、あまりに冷たい言葉の数々に、美鈴は大きな瞳で睨み付けた。
 「ちょっと!!たった半年いなかったくらいで私の顔忘れちゃうわけ?酷すぎない?」
 温厚な美鈴さんとして後輩たちからは慕われているが、同期や先輩たちを前にしてはその評判もどこ吹く風だ。
 「やーだ。本気にしないでよ。ジョーダンよ、冗談。お帰り、美鈴」
 美鈴より二つ年上で同期の康代は、小さな顔に似合わず大口を開けて笑った。
 「ただいま」
 「どうだったの?九州の分院は」
 「整形外科の病棟だったんでしょ?」
 「イケメンの先生いた?」
 容赦なく浴びせられる質問に、美鈴は苦笑いだ。
 片田舎の病院はここと比べれば毎日のんびりとしていた。病棟も整形に配属されたのだが、難しい手術をするような設備自体がなかったため、骨折の手術患者や腰痛の保存治療を進めるような患者。あとは、リハビリ目的の高齢者などがほとんどだった。
 「詳しい話はまたあとで。今日から復帰だし、感覚取り戻すまでちょっと時間かかるかもしれないから迷惑かけちゃうかもしれないけど、またよろしくね」
 美鈴の言葉に、三人は心配いらないとでも言いたそうに、にこりと笑った。