「心配ない」

 と、言った海里さんの声は、聞いた事も無いくらいに冷ややかで、背筋がゾッとなった。

 無表情のままの海里さんに、私は胸の奥がスッキリしないような不安を感じた。


「さて、そろそろはじめようや」

 止まった空気を動かすように、パパが缶ビールを抱えてきた。


「おお、墨も丁度よさそうだ。何から焼くか?」

 海里さんも、いつもと変わらない声に戻った。


 今の空気は一体なんだったんだろう? 

 気のせいだったのだろうか?



 ぷしゅーっと、皆が缶ビールの蓋を開ける音に、慌てて缶の蓋に手をかけた。


「かんぱーい」


 掛け声とともに、一斉にビールを喉に流し込む。


「うめぇ―」


 夏の初め、仕事の後のキンキンに冷えたビールは乾いた喉に染み渡り、なんともいえない気持ち良さだ。


「肉焼こう、肉!」

 ユウちゃんが、発砲スチロールからパックに入った牛肉を取り出した。


 海里さんがトングで、網の上に乗せる。

 だんだんと、肉の焼ける匂が広がる。


「うまそ―」」

 高橋くんが、真っ先に箸を伸ばした。


 私は、冷蔵庫からスティックじょうに切ったキュウリの浅漬けを出した。

 皆が一斉に、キュウリに手を伸ばした。


「ねぇ、エビ焼いて」

 私の声に、


「おお!」

 と、網の上にエビを並べてくれたのは、海里さんだ。


「肉、めっちゃ旨ぇ」

 高橋くんが、嬉しそうに肉を頬張って言った。


「おお、どんどん食えよ!」

 パパが、ビールを片手に大きな声を上げた。


「そうそう。俺達、これからこき使われるんだから、しっかり食っておこうぜ」


 ユウちゃんが小声で、皆に言ったが


「勇太、食った分だけ働けよ」

 パパの低い声が響いた。


 海里さんも、私も吹きだして笑った。


 いつもと変わらない夏の初めだった。


 ママの生きて居た頃から、この時期には皆でバーベキューをした。

 海里さんもユウちゃんも一緒。

 いつもと変わらない夏が始まると思っていた。