「おはようございます」

 海里さんは、パパに軽く頭を下げた。

「海里、悪いが今週の土日は空いているか? ダイビングの講習入ってくれんか?」


「いいですよ」

 海里さんは、直ぐに嬉しそうに笑顔を向けた。

 きっと、海に潜れる事が嬉しいんだろう。

 本当に海が好きな人なんだと思う。


「忙しいシーズンになってきましたね」

 海里さんがパパと会話を始めた。


「ああ。梅雨も明けるようだしな。観光客でごった返しだ」

 そう言いながらも、パパは嬉しそうな顔をする。

 これからの時期、直ぐ隣りにある大きなリゾートホテルからのマリンスポーツの予約が入り出しているのだ。

 もちろん私も手伝うのだが、さすがに土日は、パパと二人じゃ手が足りない。

 海里さんとユウちゃんが手伝ってくれている。

 海里さんもユウちゃんも、この店のプログラムにあるマリンスポーツの全てのインストラクターの資格を持っている。
 いや、取得してくれたと言った方がいいのかもしれない。


 海里さんとユウちゃんは大学の時からの友人で、クールな海里さんに対して、ちょっと軽めのユウちゃん、なんだかんだ言っていつも仲がいい。

 二人のおかげで夏をなんとか乗り切れているのは事実だ。


「ユウ! 今週土日は空いてるか?」

 パパが店の中にいるユウちゃんに向かって言った。


「デートだけど、仕方ない、断るよ」

 ユウちゃんは眉間に皺を寄せた。


「ならいいぞ。ホテルのマリーンスポーツの予約が入っただけだ」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃないか」

「デートなんだろ?」

 海里さんが、テラスから大きな声でユウちゃんに向かって言った。

「だから、いいんだってば。それより、おじさんマリンスポーツ、大学生?」

「ああ……」

「やったぁ」

 ユウちゃんが、両手を上げて喜んだ。


「カップルだけどな……」

 パパが、ボソッと小さな声で言った。

「アホが……」

 海里さんが、嬉しそうにジャンプするユウちゃんをチラリと見た。


 毎年の事だ。

 そこそこ、顔も良く会話の上手いユウちゃんは、若い女の子達のマリンスポーツに全力闘志している。

 だから、デートなんいていうのも嘘で、挨拶のようなもの。

 多分これからしばらくは、土日は店の手伝いのために予定はいれてないだろう。


 海里さんが、椅子から立ちあがた。

 スラックスにワイシャツという、ちょっとこの場所にはふさわしくないが毎朝の事で、これから仕事に向かうのだ。

 どこの会社なのか詳しく聞いた事はないが、大きな会社に勤めているらしい。

 そして、平日三日は、朝サーフィンをしてから出社している。


 海里さんが、椅子から立ち上がるのを合図かのように、他の皆も準備を始める。

 みんなこれから、それぞれの仕事に向かうのだ。

 
 一番初めに立ち上がった海里さんは、もうすでにレジの前に立っていた。

「六百円です」

 海里さんは、六百円をレジの横に置いた。


 私は、海里さんを見送りに店の外へ出る。

「ごちそうさま」

 海里さんは、そう言って、私の頭をポンと叩いた。

「いってらっしゃい」


 そして、いつもの場所に、止めてある白い車へと向かう海里さんの後ろ姿を見送る。


 車の手前まで行くと、チラッと振り向き軽く手を上げる。私も手を振る。

 いつも、繰り返される朝。

 それが、当たり前だと思っていた。

 あの時までは……