「少しお時間いいかしら?」

「ええ……」
戸惑いながら答える。


 由梨華は、案内するより先にテラスへと向かって歩き出した。仕方なく私も後に続く。

 由梨華は椅子に座る事もなく、手すりの側へ行くとくるりと向きを変えた。


「うふ…… 私、海里さんと婚約したの」

由梨華の笑った顔は怖いと思うほど冷たい目をしていた。

「えっ?」

 思わず漏れてしまった声と同時に、胸の中にズシンッと何か重いものが落ちた。

「嬉しくて報告に来ちゃった。だから、これからは海里さんここにはあまり来れないの。パパの会社の後を継ぐ準備もあるから……」

 由梨華は、勝ち誇ったような目で私を見た。

 私の胸は明らかに、嫌な音を立てだした。

 動揺なんてしたくない。でも、言葉がみつからない。


「海里さん、あなた達に同情してこんな店を手伝っているけど、彼は志賀グループの社長の息子なんだから、私と結婚するのも当然の事なのよ」


「志賀グループ……」

 いくら、知識のない私でも志賀グループは聞いた事のある大手企業だ。


「まさか、知らなかったの?」

「知らないわ……」

 ここで、知ったかぶりをしても、どうにかなるような話では無いと思った。余計に惨めになるだけだ。

「あらそう? てっきり、海里さんの財産でも当てにしているのかと思ったわ」

 由梨華は、バカにしたように薄ら笑いを浮かべていた。


「そんな事、あるわけないじゃない」

「ふん、まあいいわ。どちらにしても、海里さんはあなたとは何の関係も無くなるから。これから、大きなプロジェクトの責任者になるのよ! あなた、何も知らないのね」

 由梨華は嬉しそうに笑い出した。

 私は、ぐっと拳を握りしめた。ずっと、気になっていた海里さんの仕事をこんな形で知るなんて、あまりにも切な過ぎた。


「知っているわよ……」