まさか、由梨華が一人でここに来たとは……
 縁談の話を断わってから、俺の前に由梨華は顔を見せなかった。それで、俺は話が済んだ物だと思っていたのに、まさか、奏海に嘘を並べ上げてたとは……

 というか、俺は、一度も由梨華に奏海の話はしていない。由梨華は、この店に来た時に奏海を知ったはずだ。
 なのに、奏海へ矢を向けるなんて、女の感は恐ろしい……


 奏海を苦しめた事への、怒りは強く俺の中に湧きあがるのに、奏海が、俺の事であんなに感情むき出しに怒っていたのかと思うと、顔が緩んできてしまった。

 だが、奏海は、俺が志賀グループの息子だと言う事まで知っていた。その事は、きちんと俺の口から伝えるつもりだったのに、さすがに俺も苛立った。

 でも、知ってしまった事は仕方のない真実だ。
 これから、二人で向き合って行けばいい……


 でも、奏海には、まだ伝わっていないようで、妹だとか言い出す。

 俺は、言葉で伝わりきれない思いを、奏海の唇に重ねた。
 やわらかい唇に触れると、愛おしさが込み上げ、奏海が俺の中に居る事を実感する。


 奏海は、俺の事ばかり並べるが、俺だって苛立っていた事はある。あの、高橋ってバイトだ。奏海は、高橋の名に、一瞬ビクッとなり、俺から目を逸らしたが、もうすでに先手は打ってあるが……


 俺は、もう一度、奏海を優しく引き寄せた。

 優しく髪を撫でる……

 もう一度キスしたら、俺はもう止められないかもしれない。
 だって、奏海を見つめ、何年我慢してきたのだろうか……


 おやじさん、帰ってきちまうかな?


 そんな事に格闘しながら、奏海の頬に手を当てると、スースーと寝息が聞こえてきた。

 俺の胸にしがみ付きながらも、安心したように穏やかな寝顔だ。

 マジか?


 嵐の中の恐怖と、テラスから落ちそうになって、よほど疲れたのだろう……


 奏海の寝顔を見ながら、俺はもう一度抱きしめた。

 俺が絶対に守る……

 何時の間にか、嵐の風と雨の音が去っていた……