「ねえ、どういう事?」

 私は、少し離れてパパ達を見ながら小さな声で言った。


「むかし、梨夏さんを俺の父親とおやじさんで取り合ったらしい」

「ええ―っ」

 本当に、今日は驚く事ばかりだ。


 目を閉じていた、海里さんのパパがゆっくりと目を開けた。
 その目は凄く悲しげだった。

「亡くなる前に、お前に合わせれば良かったと、後で何度も思った……」

 パパが、すまなそうに言った。


「いや…… きっと、弱い姿を梨夏は私には見せたくなかったよ。そこが、私とお前との違いだったんだ……」

 そう言って、海里さんのお父さんは、海の方へ目を向けた。


「このホテルの創立者は、梨夏さんの御爺様だったんですね。数年前、大内財閥の手に渡るまでは……」

 海里さんの言葉に、私はただ驚くだけで、瞬きすら忘れそうだった。


「知っていたのか? 梨夏は幼い頃からこのホテルが好きだった。大学に入ってから知り合った俺達も、よく、このテラスから海を見て過ごした。こんな風に、また、ホテルが戻るなんて思ってもみなかった。あの頃のままだ……」

 パパは、目を細めて、緑が生い茂る庭を見た。


「だから…… ママは、この海は特別だって言っていたのね…… このテラスが、うちのテラスに似てるんじゃなくて、このテラスを真似して、うちのテラスが出来たんだ……」

 私は、ママが特別な海と言った理由が少し分かった気がした。

 ママが好きだった海。
 手放さなければならなかったホテル。
 そして、パパがママのために建てた店。

 ママとパパの深い思いが伝わってくるようだった。

 私は、手すりの前に立ち、海からの風を思いっ切り吸い込んだ。