ほどなく、各箇所を見回ったスタッフが戻ってきた。
箱は、客室前に3個と階段に1個の合計4個が見つかった。
報告を受けるさなか、潤一郎を含めた数名が現場に到着した。
「4個見つかった。確認を頼む」
スタッフから報告のあった場所へ、潤一郎以外の捜査員が散っていった。
彼らも水野と同じく、危険物処理に対応できる捜査員だ。
「不審物が見つかったのは客室だけか」
「水野にほかも探させている。そっちの動きはどうだ」
「蜂谷氏と井坂氏に不審な動きはない」
籐矢たちが重要人物と睨んだ蜂谷と井坂には、それぞれ捜査員がつき、二人の行動を監視して
いた。
二人とも披露宴会場であるメインホールから出た形跡はないとの報告に、籐矢は軽くうなず
いた。
では、誰が箱をおいたのかということになるが、数百名にものぼる披露宴の出席者の動きを
完全に把握するのは不可能だった。
決まった席に着席で行われる披露宴なら客の動きもつかめたのだろうが、座席表もなく各自で
メインダイニングに移動して食事をとる形式となっているため、客は入り乱れ、数人か、
もっと多くの人数がホールから消えてもわからない。
かしこまらず多くの人と歓談できると招待客にも好評で、捜査員が客の中に紛れ込んで偵察
できると思っていた披露宴も、こうなっては厄介なものだった。
『水野か、うん……スパだと? わかった。そこは任せる』
顔を傾けてマイクへ語りかける籐矢を、潤一郎の顔がじっと見つめていたが、
やっぱりそうか……と、予想していた事態にため息混じりに独り言を漏らした。
「フィットネスセンターとスパでも、同様の箱が見つかった。確認した箱は、どれも危険は
ないそうだ」
「披露宴の最中は足を踏み入れないところばかりだ」
「まだ見つかると思うか」
「そうだな……向こうの狙いは、こちらの力を拡散させることだろう。不審物があれば危険と
みなして対応するしかない。それを複数箇所でやられたら、いくら手があっても足りない」
「揺動作戦か。捜査員を分散させて、次は何を仕掛けるつもりだ」
「まずは敵情視察といったところだろう。どこかで我々の動きを誰かが見張っているはずだ。
手駒を出し尽くすと大変なことになる」
予測をつけた場所にはあらかじめ監視カメラを設置し、不審者の出入りがないかチェックを
行っているが、送られてくる画像と音声は、籐矢たちが求めるものとは異なっていた。
先の図書室の音声もそうである。
各フロアの出入り口でも客の動きを見張り、不審な動きがあれば察知できる体制を整えていた
のだが、網の目をくぐり客室前に箱が置かれることになってしまった。
「波多野結歌に話を聞いてきた。彼女は直接関わっていないだろう」
「そう言い切れるのは、潤一郎のカンか?」
「虎太郎が彼女の動きをずっと見張っていた。着替えるために部屋に戻った以外に動きは
なかったそうだ」
籐矢の目が鋭く光った。
「部屋に戻ったとき、まだ箱はなかったんだな?」
「虎太郎はそうだと言っている」
「じゃぁ、いつ客室の前に箱が置かれたんだ? 虎太郎が見張ってたんだろう」
「生理現象には勝てない。ほんの数分その場を離れた」
「そのスキに置かれたのか! 虎太郎も見張られているということか」
「そこまではわからない。監視カメラも確認したが、不審な人物は写っていなかったよ」
「クソッ、なんてことだ」
見えない影に怒りをぶつける籐矢は、苦しげな顔で壁を睨みつけている。
妹の犠牲を我の失態であると悔い、その思いを抱えてきた籐矢の数年間を潤一郎は近くで見て
きた。
犯人の情報がもたらされるたびに、今度こそ、今度こそと、全力で立ち向かってきた。
すんでのことろで取り逃がし、今度もまた指先からすりむけるように闇の影は逃れていく。
逃してしまった、この手で捕まえることができなかったと後悔し、後悔が募るほど自信も失わ
れていく。
それでも籐矢は、見えない敵を追いかけてきたのだ。
その精神力は凄まじいものだと、潤一郎は思うのだった。



