そうだ、直人を下の名前で呼ぶようになったのは、直人がきっかけだった。
ある時から急に直人がわたしを“菜月”と呼ぶようになったのだ。

入社したばかりの時はお互い苗字にさん付けで呼んでいたけれど、同じ年だとわかってからは直人はわたしを“朝永”と呼ぶようになり、それからしばらくして突然“菜月”と呼ぶようになった。

初めて下の名前で呼ばれた時は、とても驚いた。
でも、嫌な感じはしなかった。
むしろ嬉しかったかもしれない。

「なんで呼び方変えたの?」

忘年会か何かの飲み会の時、隣に座っていた直人にわたしは聞いた。
直人は突然の質問に「え?」と驚いていた。

「急に“菜月”って呼ぶようになったから」
「あぁ。嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、何でかな~って思って」

わたしがそう言うと、直人は自分のビールジョッキに視線を落として、少し間を空けたあと「呼びたくなったから」と言った。

「じゃあ、わたしも下の名前で呼ぼうかな~」

冗談半分でそう言うわたしに、直人は「いいよ、菜月なら許す」と言って微笑んだ。

そうだ、それからだ。
わたしが直人を下の名前で呼ぶようになったのは。

それのせいで、一時期は直人とわたしは付き合っているんじゃないかと社内で噂になり、わたしは女子たちから避けられていた。
でも、直人はそんな噂に動じることなく、普段通りにわたしに接してくれて、部署内でも何も変わることなかったので、わたしはそれほど気にせず過ごすことが出来た。

もしわたしが他の部署にいたら、働きづらくてもう辞めていたかもしれない。
ずっと続けて来られたのは、今の販売促進部のおかげだと心底思っていた。